第2話 知識の活用
皇帝とついでに総務大臣の二人とある程度話し込んでから別れたエルトルージュは、大将武館に帰って早々に全身鎧を脱ぎ、余所行きの支度を始めた。
白いワンピースに日傘をさしたその姿は、さながら名家のご令嬢と言ったところ。
その正体は帝国が誇る大将軍だというのだから分からないものである。
「これでよし、かな。私服で出かけるなんて久しぶり」
全身鎧を着込んでいた時とはまるでキャラが違うエルトルージュは、鏡を見て身嗜みを整え、よし、と頷く。
彼女が独り呟いた通り、基本的に大将武館の外に出る時は全身鎧を着ているので、皇帝が貢いできた大量の可愛い洋服たちも、出番が無さすぎて不貞腐れている事だろう。
しかし、これからは違う。
どこぞのお姫様かと見紛う程に可憐な彼女の容姿を見て、「あ、大将軍閣下だ」と勘付く者など誰もいないだろう。
エルトルージュの素顔を知る者ならば話は別だが、それらは全て彼女の協力者、あるいは上司(皇帝その人である)しかいないので問題はない。
つまりは、情報を探すのにこれ程適した服装は無いという事だ。
万が一襲われたとて、大将軍サイモンをどうこうできる存在など、恐らくこの世界には存在しない。少なくとも帝国には皆無だ。
そして、執務室を出る。
書類仕事はきちんと終わらせてあるので文句も言われないはずだ。
「おや、帰ってきたばかりと聞きましたが、またどこかへ出かけるのですかな? しかも、私服姿でなんて珍しい……というか初めて見ましたぞ」
「あ、オルランド」
早速部下に見つかった。
内心眉を顰めるエルトルージュ。
相手がオルランド……オルランド・ガラントゥールという、自身の副官だったからである。
彼は帝国を長く支えた先代の大将軍であり、皇帝の立ち会いの元行われた「大将軍の座を賭けた」決闘をした仲であり、偉大な先人にして頼れる右腕としてエルトルージュも信頼する老紳士だ。
だが、彼と会うと何かと仕事が舞い込んでくるというジンクスがある。
しかし……。
「まあ、元々仕事に行くようなものか」
「?」
うん、と一人頷く。
何も街へ遊びに行くというわけではないのだし、これも仕事の一環と言えよう。
むしろ、ちょうどいい。
オルランドをはじめ、大将武館に勤める者たちはほぼ全員が全身鎧を着込んで任務に当たっているため、素顔を知る者はそう多くない。
何食わぬ顔で街に出ても、特に騒がれたりはしないはずだ。
「オルランド、私はこれから街に行く。執事っぽい格好をしてついてきて」
「ふむ、承知しました。理由は後でお聞きします。人員は?」
「うーん。適当な子にメイドさんの真似事でもしてもらおうかな」
「見繕っておきましょう。少しお時間を頂きますぞ」
「うん」
傍から見るとふざけているようにしか思えない会話だが、当人たちは至って真剣である。
オルランドは事情をまだ知らないが、エルトルージュがおふざけでこんな事を言い出すような子ではないと知っているのだ。
それからしばらくして──。
「お待たせ致しました、閣下」
「あ、あの! 急にメイドの格好をさせられて連れてこられて、正直意味不明なんですけど!? あたしはなにをさせられるのでしょうか……?」
「ん。閣下じゃなくて“お嬢様”でお願い。市井に出てきたご令嬢とそのお供ってところかな」
「承知しました、お嬢様」
「あの!! 説明を求めますっ!」
「イクゾー」
「話を聞いてください閣下!!」
「お嬢様ね」
「お、お嬢様!!」
「うん。イクゾー」
あまりにも似合いすぎな、執事服を着こなしたオルランドと、メイド服にしてはやけに丈が短いものを着せられた女の子が現れた。
彼女の名はフリアン・フィナンシーエ。
どこぞのお菓子のような名前を持つが、これでも歴とした帝国のエリート軍人であり、帝国どころか世界中を見ても希少な、“神具の適合者”である。
尤も、それはエルトルージュやオルランドにも言える事なのだが。
とにかく。
神具というのは誰でも使えるというわけではなく、それぞれの神具に“適合”した者にしか扱うことが出来ない。
無理に適合者以外が使おうとすると、激しい拒絶反応が起き、良くて血を噴き出しながらぶっ倒れ、運が悪ければ即死する事すらある。
しかし、適合者か否かは、確かめたい神具に血を一滴垂らせばいいだけなので簡単だったりもするのだが。
適合者の血であれば神具が輝き、ダメだった場合は「ジュワァ!!」とすごい音を立てて蒸発する。
ちなみに、エルトルージュが所有する神具の適合者は、広い帝国の中でもエルトルージュと皇帝の二人しかいない。
ついでに、例の「原作知識」によると、これを使っていたのは“物語のラスボス”である皇帝であったようだ。
実際、この神具を以前所有していたのは皇帝なので納得と言ったところ。
そんな物を何故エルトルージュが持っているのかというと、彼女に一目惚れしたという皇帝が「大将軍就任祝い」としてプレゼントしてきたからである。
万が一エルトルージュが適合しなかった場合はどうするつもりだったのだろうか。
それはさておき。
混乱するフリアンを落ち着かせ、オルランドも含めて道中で今回の目的を説明する。
「ふむ。この帝国が物語の舞台で、しかも革命軍なんぞに我々が負ける、と」
「えー……いくら閣下のお言葉でも、ちょっと信じられないですねえ」
「お嬢様」
「私はお嬢様の事を信じておりますので。となると今回は、その“原作知識”とやらを確かめに行くという事で?」
「えっ、ちょっとガラントゥール将軍!?」
「信じてくれないフリアンは置いてく。正しくは、今がどの時期かを確かめに行く、かな? 知識で名前が出てた高官はたしか生きてるはずだから、“原作”はまだ始まっていないと思うけど……」
「畏まりました。フィナンシーエ君、残念だがさよならだ」
「えっ、えっ!? マジで置いてかれる流れですか!? ご、ごめんなさい!! 信じます、信じますから見捨てないでぇ!!」
「雑用するなら許す」
「か、かしこまりっ!!」
茶番を交えつつ、三人は街へと歩いていく。
エルトルージュが言った通り、今回の主な目的は“原作知識”の確認である。
既に“知識”に登場していた悪役……腐敗した高官たちの元には総務大臣の「影」が飛んでおり、確たる証拠を掴んでいるはず。
何もなかった場合でも、この“原作知識”はさほど当てにならないという証になるので、それはそれで問題ない。
それよりも、常に最悪を想定し、知らぬところで“物語”が進んでしまっていて詰んだ、という状況に陥らないために、こちらの世界の現在が、原作に入っているのかいないのか、という事を確かめておくべきだろう。
そして──。
「あ、このお菓子おいしい」
「……見つけたかね?」
「すいません、まだです。でも、ターゲットの一人は生存を確認しました」
「上々だな。お嬢様、探し人は──」
街で人気のカフェに寄り、エルトルージュの容姿から注目を集めまくっているというこの状況。
それでも尚、エリート中のエリートであるオルランドとフリアンはターゲット……“物語の悪役”である高官を発見していく。
やはり、彼らが生きているという事は、まだ始まっていないのだろう。
しかし、肝心の“原作主人公”が見つからない。
アキトという名前らしい彼さえ見つける事ができれば、後は簡単なのだが。
「ところで、お嬢様」
「ん?」
「例の“彼”を発見したとして、どうなさるおつもりですかな?」
「んー、別にどうも。動向さえ分かれば」
「ふむ、なるほど。泳がせておくと」
「うん。へーかもそのつもりだってさ」
「膿を出す為ですかな」
「そうだね。
「ふむ……確かに」
三人の中でぶっちぎりの下っ端であるフリアンが必死に目を走らせる横で、呑気にそんな会話をする執事とお嬢様。
軍は階級社会だからね、仕方ないね。
今でこそこんな扱いなフリアンだが、大将武館に配属される前は「冷血の鬼」と評される程のクール美人であったとか。
時の流れは残酷である。
まあ、階級で言えばエルトルージュが全軍総帥。
オルランドが大将。
そしてフリアンは精々が尉官と言ったところなので扱いに差があるのはある意味当然ではあるのだが。
そんな時……。
「あ」
「む? どうなされ……おや」
「……えっ。今“アキト”って……」
なんということでしょう。
必死に目と耳をフル活用しているフリアンではなく、先程からずっと優雅にお菓子をモシャモシャ食べているエルトルージュが、一足先に目的の人物を見つけてしまった。
どうやら、思いの外“原作”の始まりが近いようである。
「フリアン」
「は、はい」
「尾行よろしく」
「はっ!!」
「バレたらどうなるか、分かっているな?」
「はひぃ!」
フリアンは苦労人。
そんなこんなで、コソコソと“アキト”青年の後をつけていくメイド。
そして、丁度よく──。
「む」
「影から合図でも来た?」
「はい。“任務達成”だ、そうです」
「知識は正しいと思っても良さそうだね」
「ええ。全面的に信用するのは危険ですが」
「分かってる。さて、一応フリアンのフォローをする用意はしておこうか」
「承知しました」
総務大臣が放った“影”が、高官たちの悪行の証拠を掴んだとの報告があった。
影ですらもエルトルージュが大将軍サイモンと同一人物だという事は知らないが、オルランドの容姿は知っている。
故に今回は彼に合図があったというわけだ。
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