第5話 彼女は姉であり妹でもあり母でもある

 日曜午後一時五十五分。PCモニタの前に座り、一つ伸びをした後腕のストレッチをする。

 その後手首をぷらぷらと揺らしながら首をぐるぐると回す。

「水ヨシ、機材ヨシ」

 一つ一つ指差し確認をしていって、準備不足が生じていないか最終チェック。

 トイレにも行った。家の鍵も閉めている。近隣住民への配慮として防音設備もきちんと整えてある。配信部屋の室内温度は高めだが、止むを得ない犠牲である。代わりにエアコンくんに頑張ってもらう。

「あ、あー。声ヨシ」

 さて、そうして三百秒の時間を潰していけば本番はすぐそこだ。

 午後二時、前もって取っていた配信枠の放送が始まる。




『第五回雪茜会議』

 そう銘打たれた生放送配信のサムネイルには長い髪も肌も真っ白な少女と、セミロングの茜色の髪と、額から二つの角が突き出した少女が向き合っている絵があり、その二人の間には真っ黒な人型があり、その顔の部分にはクエスチョンマークが書かれていた。


「やあやあみんな、今日も今日とて暑いね。こんちわー」

 ――こんちわー。

 ――こん。

「オタク鬼女の茜だよ。今日もよろしくー。……さてさて、不定期開催の雪茜会議、前回は雪那のチャンネルでやったんで今回は私のチャンネルで放送。それじゃあ雪那もカモン」

「バーチャル雪女の雪那です。皆さんこんにちわぁ」

 ――おはよう。

 ――こんにちわ。

 ――初見です、こんにちわ。

「あら、茜。初めましての人も来てくれてますよぉ。嬉しいですねぇ」

「マジ? あ、本当だ。前回これやったの何時だっけ? 一ヶ月くらい前? コラボ自体はしてたけど会議は久々だからねぇ。改めて簡単な自己紹介と私たち二人の関係性の説明でもしておく?」

「そうですねぇ。もう知ってるよー、って人も改めて聞いてもらえたら嬉しいですねぇ」

 ――おさらいたすかる。

 ――諳んじれるようになるまで繰り返して。

「私はバーチャル鬼女の茜だよ。ほれ、ツノツノ。配信内容はゲーム、おうた、マンガアニメレビューを中心にやってるよ。オタクなもんでね」

 ツノツノー、と言いながら茜という鬼女は上下に揺れる。

「私はバーチャル雪女の雪那と言いますぅ。配信内容はお絵かき、雑談、ゲームあたりが多いですねぇ。それと最近はASMRも始めてみましたぁ」

「あと雪那はブラコンな? 重篤な」

「違いますよぉ? コンプレックスなんて言葉で括らないでください。私の弟くんへの感情は純粋な愛ですよ?」

「こんな感じで弟が絡むとやべー奴だからそこだけ気をつけてもろて」

 ――初手がこれとか胃もたれする。

 ――いやこれくらいならまだ全然可愛いもんでしょ。

 ――雪ん子に架せられる重すぎるハードル。

「この雪ん子っていうのは雪那のリスナーの非公認ファンネームね」

 ――非公認。

 ――いい加減認めて。

 ――独自の挨拶も作らないストロングスタイル姉。

「リスナーさんはリスナーさんでいいじゃないですかぁ」

「まあそこらへんは改めて自分のチャンネルで十分討論して頂けませんかね? ちなみに私のリスナーはアキアカネって名乗ることを推奨してるよ」

 ――トンボじゃねーか。

 ――分かりやすくて結構好きよ。

 ――挨拶は?

「そこにないならないですね」

 ――バックヤード探してこいよ。

「ですからごめんなさい。ないんですよ」

 ――孤独のアカネ。

 ――そもそも初期茜のキャラさえぶっ壊れてるから茜も大概。

「あ? 初期茜見たいんか? ……ん、ん゛! 人間どもよ、久しいな。吾ぞ?」

 ――雑ゥ!

 ――感情込めろ。

 ――魂も込めろ。

「めんどくさいんでこれくらいでいいかねみんな」

「一ヶ月くらいでそのキャラ崩れてましたよねぇ」

「キャラ呼びはやめろ。人間に親しんでもらえるよう下の階梯に降りて来てやったんだぞ感謝しろ」

 ――横暴すぎて草。

 ――別に降りてきてって頼んでないんですがそれは。

「まあいいや。それで私と雪那の関係性なんだけど……友人であり母親であり妹だよ」

 ――何回聞いてもこんがらがってる。

 ――姉でしょ。

 ――大体合ってる。

「一つ一つ分解していくと、まず単純に友人だよね」

「……えっ?」

「やめろ。おいやめろ。一方的に友人だと思っている虚しい奴扱いになるだろうが」

「冗談ですよぉ。友人ですね確かに」

 ――草。

 ――ぼっち鬼。

「高鬼とかそういう遊びみたいなるからぼっち鬼って呼称はやめろ。で、母親っていうのは、私のこの肉体ね。デザインというか作ったというか、描いてくれたのが雪那だからV的な意味でママ」

「で、雪那の身体を作ったのも雪那自身だから私の妹にもなる」

 ――お前がママになるんだよ。

 ――己を生み出す(哲学)。

 ――ママであり姉であり妹である雪那お姉ちゃんは属性過多すぎ。

 ――じゃあ苗字も同じになるわけ?

「苗字はないよ。私たち妖怪だからね」

「そうですねぇ。今のところは無いですねぇ。そのうち出来るかもしれませんが」

「メタい」

「私たちの関係性はそんなところですかねぇ」

「締めおった。まあいいやそれじゃ適当に近況について話していこうか」

「と言っても話すことありますぅ?」

「大してないわ。至って平穏な日常過ごさせて頂いてるわ」

「トークの内容困りますねぇ。じゃあ弟くんについて話しましょうかぁ?」

「それはご自分の雑談枠でどうぞ」

 ――知ってるか? 雪那姉の雑談枠は最低三時間あるんだぜ?

 ――雑談枠と書いて弟くん談枠と読む。

「と言っても、近況じゃなければあるんだよねぇ。皆も気になってると思うんだけど、サムネに三人目おるでしょ? サムネ真ん中にまだ正体バレしてない犯人みたいな黒づくめが」

 ――おりゅ?

 ――おりゅ。ゲストでも呼んだ?

「ゲストではないけど、ひょっとしたら雪那に娘が一人増えるかも知らんねってこと」

 ――!?

 ――雪那お姉ちゃんは結婚していた?

 ――新たにVのママになるってこと?

 ――あっ、それかぁ! ついに弟くんV化するんか。

「弟くんではないねぇ。私たち妖怪学校通ってたって話前にしたじゃん? その後輩。話振ってみたら『私も受肉したいです!』って食い気味で来た」

 ――妖怪学校。

 ――妖怪学校なのに何故かミッション系の。

 ――退魔しねえのかよその学校。

「一応弟くんの身体も作ってるには作ってるんだっけ?」

「作ってますよぉ? でも、理想にはほど遠いと言いますか。弟くんに釣り合ってないんですよねぇ私の画力が」

 ――枠開いて公開製作してるゾ(白目)。

 ――二時間使って作った設定画がその次の回に「納得行かないんでボツ」って言い出した時はどうしたもんかと思った。

 ――サグラダファミリア建築を眺めてるみたい。

「その分後輩ちゃんならそこまで思い入れないで描けるから、スムーズに行くと思いますよぉ?」

「それ聞いたら泣くぞアイツ」

 ――後輩ちゃんェ……。

 ――ないがしろにされてて草。

 ――後輩ちゃんてどんな人なん?

「あー、傍から見てる分には面白いよ?」

 ――おっと初手不穏。

「ステータス的にはガチお嬢、アホ、ブレーキ効きにくい、百合かな」

 ――お嬢様!?

 ――文字の並びの時点で既にヤバそう。

 ――百合って趣味がそうなん?

「趣味っていうか、ガチ? なのかなぁ。そこのところどうなの? 『お姉さま』呼びされてる雪那さんや」

「どうなんでしょうねぇ。そこまで踏み込んだ話はしていないから分からないです」

 ――キマシ。

 ――相手雪那姉ちゃんかよぉ!

 ――どう考えても無理でしょ弟くん命なのに。

「だから傍から見てて面白いんだって。矢印が私じゃなくて雪那向いてて他人事だから」

 ――この鬼わっるい顔してやがる。

 ――からから笑ってて草。

「ホントこいつら面白いよ。雪那も雪那で大分アレじゃん。リアル弟ガチ恋勢じゃん? それ私の血縁関係でやられてもドン引くだけなんだけどさ、友人がやってるっていう絶妙な他人事距離感がたまらなく面白いよね」

 ――マジでいい性格してるわこの鬼。

 ――愉悦部かな?

 ――弟くん、雪那、後輩ちゃんで三角関係なったら最高に面白そう。

「あぁ~それ絶対楽しい! 傍らで炭酸とポテチ食いながら眺めてたい!」

「茜?」

「アッ、ハイすいません」

 ――秒で謝罪してて草。

 ――今のは謝るよたった三文字なのに雪那姉の声クッソ怖いもの。

 ――アッ(失禁)。

「ちっこ漏れるかと思たけど失禁までは行ってない。私の勝ち。……まあ正直かなり特殊な環境だからさ、女子校って。閉鎖された空間で思春期にこじらせると憧れと愛情を混同する奴もおるんちゃうの。どうなのそこんとこリスナーよ」

 ――分かるかい。

 ――似たようなことありましたわゾ。ちな男子校。

 ――やめて差し上げろ。

「そんな後輩ちゃんだからさ、憧れの雪那お姉さまがやることに何でも興味示すし後追いもしたいみたいでね。ならやってみるかってことで私と雪那が動いてるってわけですよ」

「そうですねぇ。別に私としても可愛い後輩がやりたいって言うのならなるべく手助けしてあげたいんですよぉ」

 ――後輩ちゃんこれは雪那攻略いけるんじゃね?

「あくまで可愛い後輩なのであって、可能性は感じないでほしいですねぇ」

「草生える。あの子も一応あんたの配信見てるんだからもうちょっと手心というものを……」

「前に茜が言ってたあれですよぉ?」

「あれ? あー……」

『痛くなければ覚えませぬ』




「で、来週なんだけど、雪那の家で今度はオフコラボやろうと思っててね。その場に後輩ちゃんの魂も来る予定。……いやあ絶対面白いわ。後輩ちゃんと弟くんが初めて顔合わせるかも知れないの!」

 ――ウッキウキで草。

 ――修羅場になりそう。

「なると思うよ~? 妖怪学校でも雪那は親しい相手にはこんなノリだったからね! おとうトーク聞かされてた時の後輩ちゃんは『あっ、血の涙を流すってこんな表情なんだ』って理解させてくる顔してたもん」

「そうでしたかぁ? にこにこ笑って聞いてくれてましたよぉ?」

「当人はこれだもの。マジで後輩ちゃんは弟くんに殺意持って行きそう。あの子頭いいけどアホだから」

 ――後輩ちゃん散々で草。

 ――他人の不幸は蜜の味を地で行ってないかこの鬼。

 ――そういや茜は弟くんと会ったことあるの?

「茜は蜂蜜が食べたいんだな」

「茜は前に一度だけ私の家に来たことがあるんで、その時に顔合わせましたよねぇ?」

「そうだね。その時は挨拶だけだったけど顔はばっちり見たよ」

 ――どうだった? 生弟くん。

「雪那に似てた。一目見て兄弟だって分かるレベル。下手すりゃ男女の双子かと」

「えぇ? そうですかぁ? 本当に? えへへぇ」

 ――かわいい。

 ――笑顔かわいい。

 ――似てるって言われて喜ぶもんなんですかね? 弟ガチ恋勢は。

 ――お姉さん、弟さんを僕にください。必ず幸せにします。

 ――生きとったんかワレ!

「……」

 ――一瞬で表情なくなってて草。

 ――またブロックだよ南無。

 ――弟ガチ恋雪ん子は命がけである。

 

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