後半:愛逢月の神事
七月六日 午後十一時四十五分。依然天気は先週から変わらずの雨模様。もしかしたら今日くらい晴れてくれるかと思っていたのですが、天気予報によると太平洋からの潤沢な湿気は依然変わらずに梅雨前線に沿って流れ込み続けて全国を雨雲に包んでいるようです。
自分で評価するのはどうかと思いますが、普段から品行方正に過ごしている私は思いの外、親には信用されているようです。恐る恐るこの深夜に少しだけ気分転換に散歩してくると伝えましたが、親には驚いた表情こそされましたが車には気をつけるように言われただけで無事に外へ抜け出すことができました。
何時に帰ってくるとは言っていないので帰る時刻によってはもしかしたら怒られてしまうかもしれないですが。ただ、今日だけは何時になったとしてもどうしても先輩の元へと行かなければなりません。
「これで、晴れていてくれたら良かったに……。」
玄関を閉め、比較的大きめに発した一人言葉は夜の雨音にかき消され宙に消えていきました。深夜の閑静な住宅街、街灯を頼りに歩き始めるといくつもの大きい水たまりに出くわします。それをぐるりと周りこむ避けたり、ときには飛び越えて出来る限り足早に先輩との集合地点へと向かいます。
錦先輩からは一通のメールが来ていました。
“○○線沿いのコンビニ前で待っています。”
そこは私の高校への行き道の途中であり家から最寄りのお店。家から歩いて二、三分の距離にあります。
少し傾斜の付いた道は小川のように水が流れています。足を取られないように気をつけて転げないように慎重になりながら向かっていきます。普段あまりお洒落な服を着ないのですが、今日は手持ちの中で一番可愛らしい水玉模様のワンピースを着てきました。折角の洋服ですが裾野は既に雨で濡れてしまってしまいました。こうなることは分かっていましたがなんとなくズボン姿では先輩に会いたくなくて。精一杯出来る限りの可愛らしい格好をしてきました。
住宅街から抜けた大きな通り、雨の中で煌々と光る見慣れたデザインの店先に先輩は一人で本を読みながら立っていました。特別なこんな夜にでもいつもと変わらないその姿に笑顔が浮かんでしまいます。近づいてその姿をよく見るとちゃんと本の表紙が濡れないように革のカバーで覆われていました。
「先輩。おまたせしました。」
「ああ、文月さん良かった。来られたんだね。こんばんは。」
「はい、こんばんは、です。」
先輩は本をパタンと畳みカバンへ仕舞いました。私服の先輩は初めて見ましたが、なんとなく先輩らしい格好です。あまり服装には頓着していないのか素朴な白のシャツに黒のズボン姿。遠目で見たら学生服の上着を脱いだだけにも見えてしまうかもしれないような格好です。
「親にはちょっとだけ散歩に行ってくるっていって、抜け出してきました……。」
今日は何時に終わりますか?とは恥ずかしくて口に出せません。先輩は今日することを秘密にしたいのか余り教えてはくれませんでした。私からも掘り下げて聞くことは出来なかったのですが。
「じゃあ、僕の最後のお願いに付き合ってもらおうかな。もしも、文月さんに何かあっても必ず責任を取るよ。」
「え……、あ、はい……。」
その言葉を聞いて想わず下を向いてしまいました。先輩は私がわざと誤解するような言い回しをしているのでしょうか。
かあっと顔が紅潮するのが自分でも分かってしまいます。私も先輩に何かあっても私が責任を取りますから……。心の中でそう返事をしながら二人大きさの違う傘を広げて歩き始めました。先輩は大きな紺色の傘で私のパステルカラーの一回り小さな傘。
夜の街。雨雲に隠れた月明かりは当然届かず、街灯にだけ照らされて。雨粒は線のように輝いて煌めいています。少し鬱陶しかったその雨は今は私の紅い顔を先輩から隠してくれるカーテンのようです。
パチャパチャと水音を響かせて先輩に付いていく道にはひどく見覚えがありました。
「先輩、もしかして学校に向かっていますか?」
傘を傾けて隣の先輩の顔色を伺いながら尋ねました。紅潮していた顔は涼やかな雨風でようやく落ち着きました。
「うん、そうだよ。あれ。言ってなかったっけ?」
どこかとぼけたように先輩が小首を傾げています。
「あ、はい。初耳です……。」
こんな時間に学校に行ってどうするのでしょうか。当然正門も開いていないだろうし、きっと鍵が掛かっているはずです。よしんば校内に入れたとしてやっぱり何をするのかは聞くことができません。
少しだけ舗装が悪くて凸凹とした道が続き、サンダルのヒールが邪魔をして歩き難くなってきて身体がふらついてしまいます。
「文月さん、大丈夫?」
「え。あっ。」
歩き辛そうにしていた私の左手をそっと先輩が握ってくれました。夜の雨でいつの間にか体温が下がっていたのかじんわりと体温が先輩から伝わってきます。
暖かくて大きなその手に支えられながらゆっくりと歩いていく。先輩は大きな傘を私へ寄せながら私の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれています。
「ありがとう……ございます……。」
消えゆくような私の声は先輩の耳に届いたでしょうか。私の心に秘めた恋心もせめて叶わずともただ隣の先輩にさえ届いていればそれでいいだけなのに――。
「正門、閉まってますね……。」
高校の正門へたどり着いた私達は大きなその鉄の柵を見上げます。いつも登下校する時は開いているその門も今は閉まっているのが当然かのようにどっしりと構えています。
「ふふ、まあそうだよね。でも、こっち来て。」
「……?」
先輩に手を引かれるままに学校の裏手へと周っていきます。野球のボールが飛び出ないようにグラウンドは高い柵に囲われていて、その柵に沿って徐々に人気のない方角へと向かっていきます。辺りは段々と木々が多くなってきて街灯の灯りさえあまり届かない暗がりが続いていきます。また、妙な想像が原因で胸が変に高まって不整脈でも起こさないか心配になってしまいます。私の頭の中では到底人様に言えないような想像が駆け巡っていていました。
「ここだよ。」
「あれ……扉?」
グラウンドをぐるりと周り学校の正に端といえるその場所には柵に古びた金属製の網でできた扉が付いていました。すっかりと錆びていて景色に馴染んでいるその扉は意識しなければ気がつくことができないでしょう。
「でも、鍵掛かっているのでは……。」
「大丈夫、昨日開けておいたから。」
先輩はしれっとそう言いながら扉に手をかけます。その後、ギイっと錆びた金属が擦れる音が夜の街に響き、今にも壊れてしまいそうなくらいボロボロな扉が開き学校の中へと続く道が示されました。
「先輩、もしかして今日は悪いことするんですか?ふふ。」
柵を超えて校内に入り込むと何故か自然と高揚してきました。悪いことをしている自覚はあるのですけれども、何故かそれよりも楽しさが上回ります。先輩がイタズラっぽい笑顔を浮かべているのもその一因だと思います。
「そうだね、僕も人生であまり悪いことしたことないんだけど。今日はとびきりの悪かもしれない……。」
ニコッと珍しいくらいに微笑む先輩の笑顔に引き寄せられて、私も自然と笑顔が溢れました。
「じゃあ、共犯者……ですね……。」
「誰にも捕まらないようにしないとね。」
手を引かれたままにグラウンドの端を歩いて明かりが消えた校舎の方へと向かいます。
夜の校舎の北側を灯りもなくゆっくりと歩いていきます。二人分の足音は問題なく雨が消してくれています。ここまでくればもう向かう先は察しが付いています。夜目が効いてきて紫陽花の花が夜でもしっかりと花開いて姿を捉えることができました。
「文芸部の部室、どうやって入るんですか?」
「窓を一枚だけ鍵、壊しちゃった。あはは。」
「ええ!後で怒られないですか?」
先輩が柄にもなく物を壊すなんて、本当に今日は珍しい日のようです。驚くことも全く底をつくことないようです。
「大丈夫。全部終わったら直しておくから。」
そんな先輩の様子からは悪びれる気持ちは微塵も感じません。しれっと備品を壊したことを告白しています。でも、そんなことよりも今日のためにとても用意周到に準備をしてくれていた事実が私の脳裏を支配していきます。ぐるぐると駆け巡る感情はきっと嬉しさに違いありません。
「ここだったかな、よいしょ。」
先輩がいつも座っていた窓辺の窓に手をかけると、少しだけガタついた窓がガラっと音を立てて開いてしまいました。
「ちょっと段差があるから、僕が先に登るね。」
先輩は窓辺に足をかけて軽々と登る。一メートルないくらいのその段差でも私は一人で登るには苦労しそうです。
「文月さん、ほら。」
先輩が窓の向こうから手を差し出してくれる。
「えっと、先輩しっかり握っていてください。」
「大丈夫、絶対離さないから。」
雨で濡れた窓際で滑らないようにぐっとと足をかけて先輩の腕を握る。するといつの間にか身体全体がふわりと浮くような感覚に包まれて気がつくとストンと部室へ入り込んでいました。無事に侵入成功です。ただ、傘は乗り越えた衝撃で地面に落としてしまったようです。
「文月さん、身体どこも打ち付けていない?」
「あ、はい。大丈夫です。でも……傘。離しちゃいました。」
「拾ってくるよ。待っていて。」
先輩は傘を差さずに窓を軽々と飛び越えて、水しぶきが身体に付くのも気にせずに私の傘を拾って折りたたみ再び部室へと戻ってきました。
「先輩、濡れちゃいましたね。」
濡れた顔を拭いてもらうようにハンカチをそっと差し出す。
「ああ、ありがとう。傘は……、まあ窓にかけておこうか。」
私のハンカチを受け取った先輩は顔を拭きながら雫が滴る傘を窓のサッシに引っ掛ける。
「今夜はどうしてここに来たのですか?」
先輩が濡れた前髪を少し鬱陶しそうにかき分けると先端から雫が床に垂れ落ちる。
「上手く入れるか分からなかったから、あまり言えてなかったけど……。」
少しだけ恥ずかしそうにはにかみ、いつもの優しい笑顔でこう言ってくれました。
「文月さんと、今年最後の思い出が欲しくて。ちょっと、悪いことに付き合わせてしまったね。」
“私との思い出が欲しい“その言葉が先輩の口から聞けるなんて思っていませんでした。わざわざ、”私と“とまで言ってくれた、その事実にあまりにも嬉しくて今にも倒れてしまいそうです。
「あ、はい……。部室に土足で上がったり、不法侵入したり……先輩が意外と大胆で驚いちゃいました。」
私も先輩といっぱい思い出が作りたかったです。ここまできたらそう素直に言えたら良いのに。やはり後ひと押し、どうしても言葉がでません。
「今日はさ、もう7月7日でしょう。」
壁に掛けられた時計に眼を凝らすと時計の針はもう0時半を差しています。親には大丈夫ですとメッセージを送ってから一度も携帯を開いてはいません。返事を見てしまったらこの白昼夢みたいな状況から引き戻されてしまいそうで。ただ今はこの時間を先輩とだけ共有したい。
「七夕ですか……?」
「そう、今日は七夕だよ。アルタイルとベガ、織姫星と牽牛星が一年に一度だけ出会える日。」
誰でも知っている星の伝説。神様の慈悲によって一年間奉仕活動をする二人が天の川を超えて年に一度の逢瀬が出来る日。その伝説にあやかって短冊に願いを込めて天の川に見立てた笹の枝に飾る。とてもロマンチックな伝説。
でも、流石に私でも知っている。二人は雨が降ると天の川が増水して出会えないのだと。
「でも今日は雨ですよ。二人は会えないんじゃないですか?」
やはり折角なら晴れていて欲しかった。暦がずれて梅雨の時期と七夕が被ってしまっていることがこんなにも残念に感じる日が来るとは考えもしていませんでした。
「……。」
先輩はすっと目をつむって変わらない優しい笑顔を向けてくれる。
「雨雲の向こう側には二つの星は変わらず輝いているよ。僕らにはみえないけれどきっと二人は逢うことができているよ。」
なぜか絶対の確信を持ったその声音。たったそれだけのことでその言葉が正しいものに思えます。ほんの少しだけ悲しくなった心が先輩に救われました。
「じゃあ、良かった……。」
「それに、韓国の方だと七夕に雨が降るとそれは二人の嬉し涙だと言われているし、まあ神事なのだからどのような形でも思う心さえあれば良いんだよ。」
「それは、素敵ですね……。」
この降りしきる雨が二人の涙なのだとすると、どれだけこの日を待ち焦がれていたのでしょうか。一年に一度しか逢うことができないことは、想い合う二人にとってどれだけの苦しみを与えているのでしょうか。勝手ながら自分たちの状況を重ねて少し想像しただけで胸が張り裂けそうになってしまいます。
「今日は雨だから色んな国のやり方を混ぜてみたオリジナルの七夕なんだよ。」
そう言って先輩は荷物からおそらく濡れないようにジップロックに入れたいくつかの荷物を取り出して机の上に並べる。
「これは短冊、こっちは針と針山?あと……糸ですか?」
「うん。そうだね五色糸。文月さんはどの色が好みかな?」
糸と短冊はそれぞれ合計5色。赤白青黄紫。さて、どれにしようかな。
「んー、どうしよう……。じゃあ……青色にします。」
「じゃあ、僕は黄色にしようかな。」
黄色の短冊を取り分けて手渡すと細長い先輩の指先が触れる、柔らかな指先に胸が再び高鳴ります。暗い部室ではお互いの顔はあまり見えまないことを良いようにして動揺をかくします。
「短冊にお願い事……書きますか?」
「うん、書こうか……サインペンは部室にあったよね。」
「はい、2本ちょうどありますよ。」
机の引き出しを開けて黒色のサインペンを取り出しながら思案します。私の願い事は何でしょうか――。正直に書くのならば、悩まずとも決まっているのだけれども……。
先輩にサインペンを1本手渡しながら頭の中は緊張が駆け巡ります。
「ありがとう。じゃあ、書こうか。」
定位置となっている向かい合わせの椅子に二人で座り短冊に願いを込め始めます。サインペンのキャップを取り外すと雨の匂いに紛れてペン先からエタノールの香りがしました。
暫く経っても私は一文字も書き始められずそっと先輩の様子を伺います。サラサラと迷いなく書いていく文字は暗くてよく見えません。
「えっと……先輩は何て書いているのですか?」
「文月さんと同時に見せ合いっこしようとしていたけれど、恥ずかしい?」
「はい……。先輩が先に教えてもらえますか?」
先輩は私の問いかけで一度止めていた手を再び動かし始めて、短冊の最後まで文字を書ききりました。そうして、その短冊を持ち。いつものように向かい合った椅子を立ち上がり、私の真横の席へと座ってくれます。いつもよりずっと近い距離がまた夢の様でふわふわとした感覚に包まれてしまいます。
「はい、どうぞ。」
短冊をそっと机の上滑らせて私の目の前に置いてくれました。暗がりに目を凝らすと綺麗な文字でこう書かれていました。
“自分の想いに正直であること”
黄色の短冊に端正な文字ではっきりと。
「正直に……?先輩、嘘付いているんですか?」
「うん、ちょっと自分に嘘を付いてきたから。今日、願い込めて正直に生きていこうかなって。」
先輩が嘘を付いているなんて思いもしなかったのですが、それは一体どんなことでしょうか。とても気になってしまいます。
「先輩の嘘って、私に教えてもらえますか?」
私の質問には対して言葉での返事はくれなかったけれども、確かにこくりと頷いてくれました。先輩は短冊以外の残りの針と針山、そして五色の糸を手に取る。
「織姫は名前の通り、織物が物凄く得意。だから、七夕では彼女にあやかって7本の針に5色の糸を通すんだよ。」
ゆっくりとした口調でいつものように説明を続けてくれる。今日ばかりはその言葉一つ一つを聞き漏らさないように唾を飲み込みしっかりと耳を傾ける。
「紫は正しい知識を持って正しい判断をすること。」
先輩は言葉を紡ぎながら針山に差した針の穴へ細い糸を通していく。まずは1本目の糸。
「白は義務を守ること……黄色は自分に正直であること約束を守ること……赤は誰かに尽くすこと……。」
少し大きい針穴とはいえ、矢継ぎ早に綺麗に糸を通していく先輩の様子から目が離せない。
「そして……青は人を愛すること――。」
五色の糸が針と針の間を通り架け橋のように連なる。錦の織物のように綺麗な橋が賭けられる。それはもしかしたら天の川に架かる橋を見立てているのかもしれない。先輩の手付きに見惚れて、出来上がった橋をぼおっと眺めてしまっていました。だから――次の言葉を私は夢幻かと思ってしまいました。
「僕の付いていた嘘は……自分自身に付いていた嘘です。色んなことを言い訳にして今日まで引き延ばしてきました。最後には留学を言い訳にしてしまいそうで……。だから、七夕の伝説にあやかって正直になると決めました。」
「文月 色葉さん……僕は君が好きです。」
先輩の手元を見ていた私は投げかけられた言葉の意味が暫く分かりませんでした。
「え……。」
後で思い返すと先輩の顔を眺める顔はちょっとだけ間抜けだったかも知れなくて恥ずかしいです。
「僕は嘘つきで臆病者でした。今日まで君にこの気持を言うことが出来なかったのだけれど……。この糸が持つ意味のように……僕は君のことが好きです。」
先輩は人差し指で青色の糸を指差す。
「もしも君がこの想いに応えてくれるのなら、それに見合う義務を果たします。」
次に白い糸に指を差す。さっきの言葉の意味が頭の中を巡りきって理解し始めました。
「いつも君の前では正しくあります。」
紫の糸を指差す。顔が止めどようのないほどに紅くなるのがわかります。
「僕は一生をかけて君に尽くします。」
赤の糸を指差す。言葉を紡ぐ先輩の頬も紅くなっている。
「僕は君に正直であると誓います。」
そうして黄色の糸に指を指す。気がつくと先輩の目線と私の目線がまっすぐに交わっている。黒いその瞳から目が離せない。
「遠距離になって……結構遠いのだけれど……帰ってくるまでもしかしたら6年くらいかかるかも知れないです。それでも付き合ってくれますか?」
「あ……、え……。」
はい。と一言が言えずに涙だけが溢れる。嗚咽に似た声だけが止めどなく溢れてしまいます。
「ああ、泣かないで……大丈夫?」
ぶんぶんと顔をうなずかせる。外で降りしきる五月雨のようにこの瞳から涙が止まらない。ぽつりぽつりと雨滴のように涙が頬から伝わって机を濡らしてしまいます。
「……私も……誓います……。先輩が好きです……。」
泣き腫らした声はきっと可愛くはなかっただろう。随分と時間が経ってからようやくその言葉が紡げた。
「君の綺麗な名前の通り、七月の文月のこの日に伝えたかったんだ。」
先輩のその言葉は確かに私の心へと届きました。まるで綺麗な文を唄うように想いを伝えてくれたその言葉は私の心に確かに刻まれました。
「文月さんの涙は、嬉涙ってことでいい?」
「はい、……この織姫星と牽牛星の雨と同じです。先輩に……想いが通じて……嬉しくて……涙が…止まらないだけです。」
先輩は安心した表情で私の隣に座りそっと抱き寄せてくれる。伝わる鼓動が私の心も落ち着かせてくれました。
夜の部室で先輩と二人抱き合いながら言葉を交わします。
「七夕の二人みたいに一年に一度くらいは会えますか?」
「大丈夫だよ。二、三回は会えると思う。」
「メールは……届きますか?」
「時差はあるけれど、大丈夫だよ。僕が夕方にメッセージをおくったら文月さんにとってはモーニングコールになるね。」
「じゃあ、私が午前中お休みだったらいっぱい電話も出来ますか?」
「うん、出来ると思うよ。」
「なら、きっと大丈夫です。離れていてもこの気持に変わりはありません。」
「僕も伝えると決めた日から変わらずにいると決めたよ。」
「私、先輩のお陰で七夕の雨が好きになりました。」
「それは……良かった。好きなことが増えるのは良いことだね。」
「文月っていう名字もとても好きになりました。」
「とても綺麗な名前だよね。いい名前だと思う。」
「ありがとう…ございます……。でも、できたら偶に色葉って呼んで下さい――。」
古びて薄黄色にくすんだガラスの向こう側、雨がまだ降り注いでいるかは分からない。だけれどもきっとどちらでも良いのだと思う。正しく伝える言葉と信じる心さえあればどんな形でも神様にだって人間にだってきっと伝わるはず。
後日の話にはなりますが残された青い短冊にはこう書いておきました。
”好きな人とずっと添い遂げられますように”
終
五色糸に願いを込めて 四季 @siki1419
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