第8話 異世界はやどかりと共に
かくして、ミリエの言いつけを守り、見事に破滅を司る魔王、改め、破滅とやどかりを司る魔王、改め改め、真なるやどかりを統べし全能の存在、改め改め改め、宿借大御神――を、打ち破ったやどりであった。
回収した【やどかり】の【Law】は現在、やどりの左側頭部に生えている黒い角に刻まれている。角はやどりにとって切り札であると同時に、力の源でもある。とりあえずそこにしまっておけば、ある程度は制御が効くだろうということを、事前にミリエから伝えられていた。
果たしてある程度とはどの程度なのかは聞いていなかったが、どうせあの魔女のことだから、聞いても答えなかったに違いない。何せそうなることが分かっていたら、やどりは絶対にこんなお使いを引き受けなかっただろうから。
「ノイローゼになりそうですにゃ……」
数時間おきに一匹、無からやどかりが生成されるという後遺症。
即ち何をしていても、何もしていなくても、とりあえず気付くと近くにやどかりがいる――そういうおかしな日常が、始まってしまったのである。
起きていても寝ていても、昼夜を問わず現れる、やどかり。
こちらの意思は関係なく、野生のやどかりとほとんど変わらない、生物よりは現象に近い矮小存在が、延々と現れ続ける。
果たしてこれは食べれるのだろうか。
……いや、あの魔王が調理してたやつは美味しかったけれど。
今沸いているやどかりは、自分の力で生み出しているという実感がある。だから何だか自分で自分を食べているみたいな気がして、自分では食べる気にならない。
誰か食べてくれないだろうか。
意外と体力が回復したりするかも知れないし。
それでもし大丈夫そうだったら、ちょっとくらいなら自分でも食べるから。
なんか、いい感じに食べてくれる人、いないかな――
そう思って、ふらふらと旅をした。
この世界から元の上位世界に帰還するために、やどりは色々とクリアしなければならない個人的な課題がある。いくら上位存在とはいえ一度受肉してしまうと、世界を跨ぐのは簡単ではないのだ。課題はいずれも時間がかかるものばかりで、少なくとも数年、下手したら数百年は、帰れなさそうである。
「はぁぁぁぁぁ…………」
溜息をつきながら、とぼとぼ歩くやどりの頭に、一匹のやどかりが乗る。
もはやそれを退かす気も起きない。
この鬱屈した気分を晴らすような、面白そうなことでもどこかに転がっていないだろうか。
……ないだろうなぁ。
そうそうあるわけがないのだ。
世界を揺るがす危機だの何だのは、簡単には出会えないから面白いのだ。そういう大きなイベントを抱えたレアな世界にあの魔王がたまたま逃げ込む確率なんて、量子の揺らぎが宇宙に変わるくらい奇跡的。
だから、贅沢はよくない。
事実上無限の命を持つに等しい上位世界の住人としては、この程度の退屈、次の楽しみのための必要なスパイスだと余裕を見せなければ。
――ところが、そんなやどりの諦観をよそに、この世界には数多の危機が怒涛の勢いで押し寄せていた。それは正直引くくらいの数と頻度で押し寄せていて、むしろなぜまだ人類の文明が残っているのかが分からないレベルで、ここはイベントだらけの世界なのであった。
【world:UCHI-YOSO】
ミリエの日記に、後にその名で記されることになるこの世界は、少なくともやどりが出ていくまでの期間、彼女にとって退屈凌ぎに事欠かなかったのだとか――。
おしまい
やどりさんと異世界に逃げた魔王の話 koko @eta_puwa
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