副九話 二日目
昨日より朝は遅めに起きて、魔法陣の補充もまだ必要なさそうだったので、朝食を作って食べてハウスを出る。
昨日の夜、丁寧に魔法陣全集を読んだが、方位磁針の魔法陣が思ったより複雑で、徹夜してもうまく完成させられる自信がなかったので、朝は雑貨屋に寄って方位磁針を買うことにした。
お金の話は少し複雑になりそうなのでほとんど割愛させてもらうが、修道院から貰っていたお金から三百Nほど出して買った。
Nはナショナルの意味で、この街を始めとしたいくつかの都市や街が統一して使ってる貨幣単位だ。そんなに遠くまで行かなければ、この貨幣はどこでも使える。
さて、まあ何だかんだ方位磁針を買い、昨日と同じように森まで行って、あのワーグに言われたように昨日の場所に行こうと思っていたら、道に迷った。
というのも、そもそもどうやってあのワーグのいる場所に行ったのか、どの方向に歩いていっていたのか、俺はさっぱり覚えていなかったのだ。昨日は道に迷った結果たまたまたどり着いたんだから、考えてみれば当たり前のことではあるが。
今日はワーグに会うこと以外の予定を立てていなかったので、昼過ぎまで歩き続けて昼食を食べたあとは、その場でナイフを使う練習をしようと今決めた。
それはいざ魔物に襲われたとき、少しでも抵抗できれば良いなと思ってのことだ。
今日は方位磁針を持ってきているので、道に迷っても、必ず街のある方向に帰ることができる。
正確な方向を示す器械があるだけで、こうも安心感を得られるとは。人類は偉大なものを発明してくれたと思うものだ。まあ発明したのが人類かどうかは知らないが。
またしばらく真っすぐ進み、太陽が頂点を越えたあたりで丁度いい木の根を見つけてそこに座る。
昼食を食べつつ森を見回し、昨日もしかしたら通ったかもしれない道だろうかと記憶を辿ってみるが、目印もないので結局俺が通ったかどうかは思い出せなかった。
昨日のワーグとの一方的な戦闘を思い出して、こんな自己流のナイフの使い方をしていてもワーグには勝てないだろうなと思う。
全力で斬りつけても木に食い込みすらしない。
しばらく木を切りつけていたが、疲れたのとやっていることが無駄に思えてきたので、荷物を持って少し散歩することにする。
向かう方向は街とちょうど逆方向で、仮に方向を少しずつそれても、逆方向に進めば街の近くにたどり着くだろうと思ってのことだ。
特に目的はなくても森を歩いていると心地がいいが、俺は森のどこかでダメージを受けなければならないという最終目標を思い出す。
それに帰る時間も注意していないと、門が閉まる前に帰れなくなる可能性もある。
暗くなったら帰ろうと漠然と考えながら森を進んでいると、遠くの方で金属や硬いものがぶつかっているような音が聞こえた。
その方向に静かに近づいていくと、一人の冒険者とワーグが戦っているのが見えた。
冒険者は急所を守るだけの軽い金属の装備と、目立った装飾のない、長くも短くもない剣でワーグを切ろうとしている。
一方でワーグはまるで剣に当たる気配はなく、立木を上手く使って剣の動きを翻弄しつつ偶に片手で器用に剣を止めたりして、剣士を挑発しているように見える。
次第に剣士の動きは遅くなり、大味で力任せなものになっていく。
そろそろ剣士の体力も切れてきて、今にも倒れそうだというところで、ワーグは剣士の首を切り裂いて剣士を殺した。
俺も運が悪ければああなっていた可能性もあるのかと思い、身震いしていると、一本の枝に服が引っかかってパキンという音が森に反響した。
咄嗟にワーグの方を見ると、ワーグと目があった。
ワーグが俺に近づいてくる間、俺は蛇に睨まれた蛙カエルのように一切動けない。
昨日は感じなかった、ワーグの殺気のようなものを今感じている。
ワーグは俺を一息で殺せるほどの距離まで来たところで止まり、言う。
「こんなところにおったのか。軟弱者。まさか道に迷ったとは言うまいな。」
昨日時点で道に迷っていたから、今日は道に迷わなかったがゆえにここにたどり着いたのだと説明する。
「まさかそれは私との約束をはじめから反故にするつもりだったということか?」
まさか初対面の狼との一方的な口約束を僕が守ると思ったとでも言うまいな。と言いたいくらいだが、多少オブラートに包んで、約束を反故にするつもりはあった旨を伝える。
狼は天を仰いでまったく最近の若者は…とでもいいそうな表情をするが、口に出してなにか言うことはなかった。
残念ながら、出会ってしまったからには訓練を受けざるを得ない。と俺の方では思うが、狼は随分と乗り気のようで、どこからでも掛かってこいと言わんばかりの姿勢で俺のことを睨みつける。
俺は昨日と同じように足を踏み込み、狼を蹴り上げる。
当然のごとく前足で蹴りを止められるが、俺も考えられない人間ではないので、ふっとナイフを抜いて狼に投げつける。
次の瞬間には、ナイフが狼の下の地面に刺さっていた。
「透過した!?」
柄にもなく大きな声を出してしまう。どういうことだ。僕の足の感触では変わらず常に肉球が中指の根元を圧迫していたし、狼は動くどころがブレる様子すらなかった。
でも狼には傷一つないし、ナイフは地面に刺さっている。
「今のは良い。人間らしい狡猾さだ。これも気骨がない故の素晴らしさかな。流石の私も少し焦ったよ。」
偉そうな狼の心情なんてものはどうでもいい。
どうやって今の回避をしたのかを知りたい。まったく動きが見えなかったがゆえに俺には全く方法が推測できない。
「どうやったのか教えてほしい。」
「いい目をしよる。強さに貪欲なものにしか力は与えられない。」
お前の感想はいらないんだ。どうやったのかだけ教えてくれ。
そうもう一度言おうと思うと、もう狼の姿は目の前にはなくて、絶妙なバランスで四肢をぶら下げて俺の頭に乗っている。
「こうだ。分かったか?」
分かったよ。今の瞬間にお前が油断していることだけはな!…と言わんばかりに頭に手をやると、すでに狼は目の前でお座りしている。
「これは、転移か。」
俺は納得した。魔法の中には転移魔法というのがあり、ある場所にある物質と自分を一瞬にして入れ替えるという性質がある。
転移は高度な魔法だから連続して使うことはできないが、本当に一瞬だけの間を空けた転移であれば、自分と元の場所の粒子の位置は入れ替わった瞬間のままほとんど変わらないから、全く同じ転移を逆にして使えば二回転移が出来る。
「つまりナイフが刺さる直前と直後に転移した。」
狼はゆっくり首を横に振る。違うらしい。
「もう一度同じことをしてみろ。転移だったらどうなるか見せてやる。私は転移魔法が使えないから、ただの真似事ではあるがな。」
俺は地面に刺さったナイフを拾い、狼に向かって思いっきり投げる。刺さらないと分かっているとこんなにも体が軽いものかと思うほど、体は滑らかな曲線を描いて最高に加速したナイフを放つ。
狼は消え、また現れる。
「見えたか?」
見えた。確かに見えた。確かにさっきとは全く違う。さっきとは違い動きがあった。
「お前が投げたナイフが私の体を通過するまでには、コンマ
確かにそのとおりだという気がした。ということは
「ナイフを自分の下に転移させた?」
狼は、ため息をつきながら首を横に振った。
守りの魔法技術 AtNamlissen @test_id
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。守りの魔法技術の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます