風2
春嵐
第1話
植物が揺れる。
「良い土地ですね」
「えぇ。まったくです」
土煙も上がっていない。きれいに根が張っている証拠だろう。
「こんなにも良い土地を、なぜ」
途中まで口に出てきて、やめた。
こんなにも良い土地を、なぜ、手放すのか。
聞かれただろうか。
「なぜ手放すのか、ですか?」
聞かれていた。
「なんででしょう。私にも分かりません」
普通の不動産業者なら、こんなことは言わない。いただいた土地がどれだけ有効利用されるかとか、資産価値がどうとかを、オブラートに包みまくって喋り倒すところ。
「あなたが担当しているから、ですかね」
「私が?」
「だってあなた、この土地に関して何も言わないじゃないですか」
「えっ、えへへ」
「他の業者さんは副都心の一等地とか次の開発候補とか、色々おだてていただいたのに。あなたいきなり押し掛けてきて」
「いきなり押し掛けましたっけ?」
「ビルまみれで息苦しいのに、ここだけ吹き抜けになってて呼吸が楽だって」
「あっ」
言ったな、そういえば。
「私も思ってたんですよ。だから、ここには何も建てなかったし、誰にも譲らなかった」
「でも私が買ったら、なに作るか分からないですよ?」
「いいんです。それで」
「えっ」
「あなたはきっと、私と同じでしょうから。さて、行きましょう。書類に判子押さないと」
「まっ」
「はい?」
「マンションを作ります。たしかにおっしゃるとおりここは副都心の一等地になりますし次の開発候補です。それでも」
「それでも?」
「それでも、呼吸をできる場所に。開発されて鉄筋と人だらけになっても、この植物みたいな、こんな感じで、吹き抜けるような場所に、したい、です」
「いいですね。では完成したら私にいちばん吹き抜けるお部屋をください」
「はい。よろこんで」
植物がそよいで、静かに音を立てた。
風2 春嵐 @aiot3110
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