Chapter 4『桃、24年ぶりにドヤで働きはじめる』4-1

 翌日、いつものように夜更かしはせずに、


(明日から仕事なんやから!)


といつもなら岡村隆史のオールナイトニッポンを聴いてから寝るのだけれど、それをぐっと堪えて0時ちょっと過ぎには床に就いた。


 でもでも、明日から仕事だという緊張感で異常に目が冴えてしまい、またナイナイの頃から20年近くにわたってのヘビーリスナーなのでやっぱり聴きたくてしょうがなくて、けっきょく3時までがっつり聴いてしまい(満足!)、さらに小腹が空いたのでペヤングソースやきそば(UFOもおいしいけどわたしはコッチのほうが好き。でもさすがにサイズは普通タイプ)を平らげて、すぐに寝てしまうと胃腸にもよくないし、よりいっそう肥りそうなのでYouTubeやニコ動を見ていたらあっという間に外が白みはじめ……


「せやからあれだけ早よ寝んとアカンよっていうたやないの!!」


 小一時間ウトウトしただけの最悪の寝起きのわたしにお母ちゃんがマジギレしたけど、それでもいつもより濃くて苦めのドリップコーヒーと大好物の菓子パン『スイートブール』を出してくれた。


 菓子パンの種類は数あれど、スイートブールほどコスパのよいパンもないのではないか、とわたしは思う。

 この子は中にクリームやチョコといった類いものは一切入っていないし、胡麻やチョコチップなどのトッピングもないけど、とってもふかふかしていて飽きのこない素朴な味がたまらない! 

 思わずかぶりつきたくなる十二分なフォルムは愛らしくさえある!!


 お母ちゃんに急かされたおかげで、なんとか遅刻しないで済みそうだ。


「行ってきます!」

 玄関を出ようとしたときだ。居間から小走りでお母ちゃんが、 

「これ、着けていきぃ!」

と腕時計を差し出した。


「こ、コレってお母ちゃん……」


 確かに見覚えがある。


 見るからに年代物の無骨な感じのアナログ時計で、それは父が愛用していたものだった。

 形見としてお母ちゃんが小引き出しの奥に大切にしまってはいたけど、溶接の仕事だったこともあってか全体的に傷んでおり、元もとは褐色と思われる皮のベルトは色褪せてよれよれにくたびれていた。

 しかも肝心の時計本体の秒針は止まったままだ。


「止まってる。電池切れみたい」

というわたしに、

「これは自動巻きや。でもなんぼ振ってもどなんしてもアカンわ。何件か時計屋にもっていっても、これはもうかなり昔のもので修理するにも部品が入手困難って断られたんよ」

と、お母ちゃんが残念そうに言った。


「時間やったらスマホあるし、壊れた腕時計してても意味ないやん。それに男もんやし重いし薄汚れてるし、こんなん巻きたないよ」


 そう言ってわたしは拒んだ。でもいちばんの理由は、父のものだからだ。わたしは父が嫌い、大嫌いだったから。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る