Chapter 3『桃、生まれてはじめてお見合いする』3-7
どの顔も同じように見えるというわけではなく、そのときは覚えたつもりでも少し間隔が空いただけで忘れてしまう。
また覚えたとしても髪形を変えたりメガネなど、普段と違うものを身に着けられると多少なりとも混乱してしまうのだ。さすがにお母ちゃんとか常日頃からいっしょに居るひとは大丈夫だけど。
じぶんでは発達障害と同様に医師の診断を受けていないけれど、相貌失認という障害も併せもっているないかと思ってる……それに不安障害も……
わたしは思い切って、
「どうしても覚えないと駄目ですか?」
と訊いてみたら若ソンチョーは、
「ウチは長期の方がほとんどなんでイヤでも覚えられます。ですからぜんぜん、まったく問題ありませんよ。まあ他にもこまごまとしたことがありますけど、どうか大船に乗った気でいてください」
「でもほんとうにわたし……」
そんなにも言ってもらえて……でもでも、申し訳ないけれど、それでも不安が拭えないわたし。
「じつは、僕も覚えることより忘れるほうが圧倒的に得意なんです」
そういって若ソンチョーが白い歯を見せた。そして、
「顔というパーツで認識するというより、そのひと全体で見ると覚えやすいです。あと何かしら関連付けたり、あるいはストーリーを創作してみたり……何の工夫もない覚え方は『労多くして功少なし』ってやつです。コツがあります。ですからぜんぜん、まったく問題ありませんよ。いっしょにがんばりましょう」
少し、ほんの少しだけどふたたび、イケるかも、と思った。
「はい」
と、わたしと頷いた。我ながらとても素直な頷きかただった。
帰り際、帳場のソンチョーさんと若ソンチョーが揃って、
「なんのお構いもしませんで」
と、深々と頭を下げた。恐縮するお母ちゃんに倣って、わたしもそれ以上に頭を下げた。
お見合いというより、酸いも甘いも噛み分けたベテランのケースワーカーと、人生どん詰まり状態の訳ありオバサンといった妙な感じだったけど、悪くなかったと思う。
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