Chapter 3『桃、生まれてはじめてお見合いする』3-1

「あれの父親の純一郎です。本日はご足労感謝いたします」

「桃です。よろしくお願いします」


 とりあえず挨拶ができた、とわたしは一安心した。

 ちょうどいいタイミングでお母ちゃんが、

「お邪魔してます。お台所勝手させてもろてます」

と急須と湯のみ茶わん、それにうちのとよく似た菓子器をのせた丸盆を両手にもどった。 


 ごあいさつしたん? と言いたげなお母ちゃんにソンチョーさんが、

「いやぁ想像していたとおりの素敵なお嬢さんで」

と、歯が浮くようなことを言った。

 素敵でもお嬢さんでもないけど、しょうじきなところ、ちょっと嬉しかった。


「なにかと至らん倅ですが、何卒よろしくお願いいたします」


 そう言ってソンチョーさんは、わたしの手を傷ついた小鳥でも包み込むように、そっと握った。


 ソンチョーさんの手は、とてもつめたかった。


 手がつめたいひとは心があたたかいなんて話を聞いたいたたことがあるけど、だとするとわたしはメチャクチャ心がつめたいひとということになってしまう。


 はたして、若ソンチョーの手はどっちだろうか……


「ここのことはすべて倅のやつに任せてますよって。何かあればアレになんなりと訊いてください。そんじゃぁあとのことは……」

 ふかぶかと頭を下げるとソンチョーさんは帳場へ向かい、ややあって若ソンチョーが、

「おまたせして申し訳ありません」

と腰を下ろし、魚へんの漢字でいっぱいの大きな湯呑みに口をつけた。


「何時いただいても、お義母さんの淹れたお茶はおいしいです」

「純平さんも上手やねぇ」


 若ソンチョ―の世辞にお母ちゃんが目一杯ほほ笑む。

 お母ちゃんは若ソンチョーにとって、すでに“お義母さん”なのだった。


 喉が渇いていたのか残りを一気に飲み干すと、若ソンチョ―は釜ヶ崎の歴史について話しはじめた。それはしだいに熱を帯び、じつに江戸時代後期にまで遡ったものだから、ホント大したものだ。


 時おりわたしに熱い視線を送る若ソンチョー。

 若ソンチョーはこの街が好きなのだ、大好きなのだ。

 とにかく物分かりの悪いわたし。

 そんなわたしでも、うわべだけではない、この街に根づいているひとだからこその並々ならぬ思いを感じた。


「ホンマ純平さんは何でもよう知ってはるねぇ。やっぱり国立大学出のひとは違うわぁ」

 そんなの関係ないですよ、と白髪雑じりの頭を掻きながら若ソンチョーが、

「ところで桃さん、いつから来られますか?」


 言っている意味のわからないわたしに、お母ちゃんが言った。

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