Chapter 2『桃、生まれてはじめて釜ヶ崎を訪れる』2-2

「大丈夫なん?」

「なんね?」

「そやから……」

「ただお酒呑んではるだけやないの」


 そっけないお母ちゃん。わたしが、

「若ソンチョ―さん、迎えにきてくれへんの?」

と訊くと、

「なんでや?」

「なんでって、そうかってここはそういう街とちゃうの!」

「ごちゃごちゃ言うてんと、歩いてほんの4、5分やから。ほれ、信号変わったで。さっさとついといで!」


 闊歩するお母ちゃんにわたしはつづいた。この分だとあと20年は楽勝、百歳超えもぜんぜん大丈夫そう。


 太子交差点をわたると萩之茶屋、まさに釜ヶ崎の肝だ。


 駅前とは異なり中低層階の簡易宿泊所がひしめくように建ち並び、作業着屋、貸しロッカー屋、100円ショップ、弁当屋、ホルモン焼きに串カツといった立ち呑み屋、廃れたカラオケスナック、よくわからないバッタ屋、昔ながらの薬局(Vサインのピョンちゃんを見たのは何十年ぶりだろう)、シブいたたずまいの銭湯……といった雑多な店が混然一体化している。


 元もとはドヤだった玄関先にはやたら『福祉』と書かれた看板や貼り紙をしたアパートが多く点在していて、

「福祉歓迎、ってどういう意味なん?」

とお母ちゃんに訊ねると、

「福祉いうのは、ここらでは生活保護のことをいうねん。取りっぱぐれがあらへんから、経営者にしてみればこれ以上ない上客やなぁ」


 『福祉』の数はこの街の衰退と、そして高齢化を如実に物語っていた。

 ひとは誰しも歳をとる。老いるのだ。

 そんな至極当たり前のことに、今さらながらわたしは怯えた。


(ほんとうは、わたしは“覚悟”なんかできていない……)


 すぐさまわたしは、すがるようにお母ちゃんの手を握った。

「どないしたん?」といった表情を一瞬見せたけど、お母ちゃんはやさしく力強く包みこんでくれた。そして、

「あと百歩」

と、ちいさく笑って見せた。

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