Chapter 1『桃、再スタートする』 1-5
「わかった」
わたしは、言った。
「お母ちゃんのええようにして」
乗り気ではない返事にもお母ちゃんは皺くちゃな笑顔でわたしの手を握りしめて、
「善は急げやぁ!」
と、先方に電話を入れた。翌週、わたしとドヤの次期社長とのお見合いがきまった。
もっともお見合いといってもシティーホテルのロビーとか小粋なレストランではなく、こちらが仕事先を訪問するというもので、
「すべて、ありのままを見てほしい。できれば早いほうがいいです」
というドラ息子、いや、ドヤ息子の達ての希望を受け入れた。
シブチンな上にせっかち。
なんとも典型的な大阪人やん、とは思ったものの気取った食事なんか緊張するだけだし、猫をかぶるのだって疲れてしまう。全身しまむらにユニクロのファストファッション、靴はヒラキのスリッポン(紐結びがニガテなわたしはスリッポンオンリーなのだ)の普段着にずぼらなメイク。
「もうちょっと見栄えよぅせんと!」
とのお母ちゃんのアドバイスを、わたしは完全スルーした。
というのも先方に見せたという見合い写真――きっと数年前にお母ちゃんが無理してわたしに買ってくれたスマホで撮ったワンピ姿の“奇跡の一枚”を先方に見せたに決まってるから。
詐欺メイクみたく、けっして盛ってはいないけど、あまりにも現状と掛け離れすぎ。あのころは何を思ったかめずらしくダイエットにハマっていて(大好物のアルフォートさえも朝1枚昼1枚夜0枚とかなり節制していた)、わりかしスマートだったのと、角度や光の加減かなんかでたまたま撮れただけで、現在のわたしを目の当たりにしたら「こりゃ詐欺だろ!」と即レッドカードに決まってる。
無駄な抵抗はせずに法廷に向かう被告人の心境といったところか。
先方が断わるのだからしょうがない。それならお母ちゃんも納得。いさぎよく諦めもつくことだろう。
にんげん、駄目だとわかってはいても挑まなければならないときもあるのだ。
昨日木枯らし一号が吹いたというだけあって俄然寒くなってきた。
急きょモスボックスにしまってある裏起毛のパーカーを羽織る。思わず槇原敬之の『冬がはじまるよ』を口ずさむ。
おやつの残りのお芋さん(我が家では蒸かし芋のことをそう呼ぶ)を温め直して朝食にいただき、わたしはお母ちゃんに連れられて、西成あいりん地区へと向かった。
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