Chapter 1『桃、再スタートする』 1-3


「なんか近寄りがたくて、」

 わたしは、ズバリ言った。

「コワそうで小汚ない街という印象しかないわ」

「まぁお世辞にもキレイな街とは言えんかも知れんけど、それでもここ最近の釜はだいぶ変わったでぇ」

と、お母ちゃん。


「まるでじっさいに行って見てきたみたい」

というわたしに、

「そうかって、ホンマに純平さんとこ行ってきたんやもん」

「ジュンペイ、サン?」

「桃ちゃん、あんたの旦那さんになるお人やんか。せや、まだ名前いうてなかったなぁ」

 何がそんな可笑しいのか、お母ちゃんがクスクス笑った。

「村長純平さん――村長と書いて“むらおさ”って読むねん。純情の純に平和の平。村長純平! ほんまエエ名前やわぁ」

「そうかなぁ」

 思わずつぶやいたわたしの頭をぽかり。お母ちゃんはつづける。

「実質的な経営は純平さんがやってはるから、みんなからは若村長って呼ばれてるねんで。なっ、カッコええやろ?」 

(若ソンチョ―ねぇ……)

 今度はつぶやいたりしなかった。


 熱心に話しつづけるお母ちゃんはぬるくなったお茶を一気に飲み干して、一息ついたところでこう言った。

「残りものに福があるちゅうけど、ホンマお互い福同士やったんやねえ! これはきっと、いやいや、ぜったいにいい夫婦になるわ!」

 わたしはこれまで結婚しなかったことを悔いたこともは一度もないし、また恥ずかしいとも思わない。 

 しょうじき、わたしは男のひととお付き合いしたことは皆無で、求婚はおろか求愛されたこともないし、こっちからしたこともない。わたしは独りを苦痛に感じないひとなのだ。クリスマスを独りで過ごすことを“クリぼっち”などと自嘲したり苦悩するなんて滑稽だと思うのは、わたしが自称アスペルガー(ASD)だから? …… 


 でもでも、お母ちゃんは例外中の例外。わたしは独りがいい。お母ちゃんの結婚生活だって、娘のわたしから見て幸せだったとは到底思えない。わたしは父が嫌いだった、大嫌いだった……

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