晴れ
星田は何かとても嫌な予感を覚えていた。
最初からおかしかったんだ。先生はいきなり内宮が学校を転校したと言っていた。
しかしそんなこと可能なのか?
今日は午前中殆ど先生は教室にいた。少なくとも、転校に関する手続きをしていた感じはなかった。
それならばどうやって内宮が転校することを知った?
電話で言われたのか? そんな簡単に学校を辞められるわけがない。そもそもちゃんとした手続きが終わっていないのに、生徒に伝えるはずがない。
アルバイトの件もそうだ。先生は内宮が働いているって知っていた。それなのに内宮が怒られている所は見たことが無い。という事は先生は、知っていながら見逃していたんだ。
何故? 怒るのが面倒だからか? いや、そんな先生でもない。現に柳田は怒られていた。
ならどういう場合見逃す? もしアルバイトをしなくちゃいけない程内宮の家は追い詰められていたら?
先生はそれを知っていた? あの人は優しい。多分内宮のアルバイトを黙認するだろう。
そもそも内宮が学校のルールをそう容易く破る気がしない。それに内宮はそのアルバイトも金曜日から無断で休んでいると言っていた。
そんなことするような奴だったか?
少なくとも星田の知っている内宮は違かった。なら何故? 休むと言わないのではなくて言えなかったら?
本当に転校なのか……
星田はどんどん不吉な想像を膨らませていった。
しかしそんな星田が一番心配していたのが、天野だった。天野は自分に自信があり過ぎる。
あいつは自分が物語の主人公かなんかと勘違いしている。持ち前の感の良さで今回も内宮の家を探し出した。
しかし、あまりに今回の推理は独りよがりだった。今回だけじゃない、いつも自分の都合のいい事だけしか見ていない気がする。
あいつだって本当は気づいているんだ。ただ気付かないふりをしているだけで、気づかないようにしているだけ。
偶然の成功が重なりすぎて、自分が主人公だと錯覚している。
そんな天野が現実を、俺の予想しているような辛い現実を突きつけられたら、あいつは立ち直れるんだろうか?
――――――――――
暑い。長い。坂きつい。
もうかれこれ二十分は歩いている気がする。蝉の鳴き声が余計に熱さを感じさせる。知らない道を歩くのはとても長く感じるのはなぜなんだろう?
僕はそんな、どうでもいい事を考えながら紙に書かれた住所に向かっていた。
「内宮には色々と言ってやらないとな」
僕らは友達だったはずだし、それならば何かあったら助け合うべきだ。
僕には内宮を救うぐらい出来るという謎の自信があった。今までなんだかんだ乗り越えてきたんだ。僕ならできる。助けられる。
額に流れた汗を腕で拭いながら、坂を登りきった。
向こうの角を曲がったところだ。
あそこにさえ行けば内宮がいる。
そうすれば助けられる。
僕は深呼吸をした。落ち着け、落ち着け。
「よし、いくか!」
僕は小さく声を出すと角を曲がった。
あ、あれか。目の前には建ってからかなりの年月が立っていそうな古びたアパートがあった。
しかし、アパートの周りには、『立ち入り禁止』と書かれた黄色いテープが貼られており、その周りには十人にも満たないほどの人だかりが出来ていた。
心の中がザワつく。
何故か震え出した足で、なんとか人混みに近づくと、会話が聞こえてきた。
「今どき、家族で心中だってぇ」
「借金が凄かったらしいわよぉ」
「今どき、物騒だねぇ」
――その瞬間、体が自分のものでは無くなったかのような感覚にとらわれた。
視界が合わない、音が脳まで届かない。
目の前に広がっていた景色がぐにゃんと曲がったような、さっきまで鳴いていた蝉が急にいなくなったような。
今自分がどこにいて、何をしているのか把握できない。
(……まだ内宮の家と決まったわけじゃない)
今の僕にはそんな心の声、普段からしている現実逃避ですら、否定で来るほどの強い確信があった。
――あれは内宮の家だ。
内宮は死んでいたんだ。僕は物凄い速さで現実を飲み込んでいく。 今見ている光景と、内宮や先生、星田の言動が組み合っていく。
……いや、違うか。
薄々気づいていたんだ。頭の中では組み上がっていた現実に、僕がただ目を向けなかっただけ。
段々と、体の感覚が戻ってきて現実味が増してくる。
すると、自分が今何を思っているのか、何を感じているか、しっかりと脳に刻まれていく。
この時僕の感情は内宮が死んだ悲しみよりも、自分に対する失望の方が断然多かった。
内宮を助けられなかった事ではなく、誰か助けるだけの力が自分には無い事が証明されてしまった事が。
しかも、僕はその力で誰かを助けたかった訳じゃない。ただ満足したかったんだ。初めからそうだったんだ。
先生には内宮を助けられなかった事が悔しいといった。
違う。
あの時の僕は内宮がいなくなったという事件に胸を弾ませ、ただ楽しんでいただけだ。
「はは……あぁ、最低だな」
僕の気持ちに反して雲ひとつない空、照り続ける太陽が、僕を嘲笑って否定している気がした。
雨のち晴れ 吟 @bibainu
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