第13話 顔見世
元服の翌日、家臣達や松平諸家を集め改めて家督相続の通達を行う事にしていた。所謂顔見世である。家臣達の顔は勿論分かるが、諸家の松平というと見覚えのない顔も散見される。
父と兄弟である関係の分家に関しては、良く見知っているのだが、祖父の代ともなると、良く分からないのが本音である。初めて見る顔の内、僧形の者が一人いた。存牛であることは、言われなくても分かった。わざわざ京より三河へ足を運んでくれたのだ。
存牛には一度今後の松平がどう進むべきか相談したい気持ちもあったが、優先すべき事では無かったため、まぁ機会があればという感じで考えていた。
一同は広間に会しており、竹千代改め清孝が来室し着座することを待ち望んでいる。それでも緊張した雰囲気では無く、一族が和やかにしているようだ。久しぶりに見る顔同士、旧交を温めているようである。そこには家臣や松平一門という壁もなく、昔話に華を咲かせている。
ただ幾人かは、これから見せる新しい当主の器を見極めようとしているであろう。もし、松平一門を統べるに無いと思う場合、安祥は没落し、取って代わろうとする他の松平も現れるかもしれない。
清孝は元服の時に今後どのように生きていくかの覚悟をした。世間の流れに身を任せるのか、自ら道を切り開いていくのか。清孝は後者を選んだ。そのためには、一人でも多く味方を増やす事である。今日、この安祥に集まった者達は果たして自分の味方なのかどうか、見極める必要がある。そう思うと、やや緊張してきた。
部屋の前まで清孝はやってきた。気配を察知した場は静まり返った。
無言のまま、最上位の上座におもむろに座った。
「本日より安祥松平当主となった、松平清孝である。皆の者よろしく頼む」
どういう感じで、第一声を出そうと最後まで逡巡していたが、自分でも驚いたくらい高圧的な感じになった。
これから自分がどう生きていくかの覚悟が、このような高圧的な雰囲気を醸し出したのかも知れない。
一同より、
「おめでとうございます。」
と祝辞が述べられた。
「早速だが、私の思うところを述べたいと思う。」
「この西三河に於いて、我々松平一族は主だった領地を領しておる。」
「それもこれも、信光公より先祖代々、一族が一致団結して領民の安寧を願い、徳を持って慰撫してきたからであり、一朝一夕のものでは無い。」
「十数年前の今川との闘いより、大きな戦いは無く我々は十分な蓄えも出来た。」
「これより後は、西三河のみならず更なる領地をもって、この西三河の繁栄を各地の領民に分け与えるべきだと思う。」
「各々方は、私のこの思いを汲み、それぞれの領地に於いて戦の準備を整えておいてほしい。」
部屋内はざわつき始めた。祖父と父の方を見てみたが、祖父は満足げな表情をしているが、父は若干憂いの表情をしていた。清孝の発言は、安祥松平が西三河の棟梁であるとの宣言をも含むものであるため、父は正直憂うところもあるのであろう。また、単に棟梁という立場に飽き足らず、他の領地へ踏み出すというのだ。不安もあろう。ただし、清孝が描いているその先の絵図までは、まだ心の内に秘めているので清孝の考えをすべて知っているわけでは無い。
「御屋形様に問いたい事があります。」
桜井松平の信定が口を開いた。信定は父の弟である。少し面白い話なのだが、信定の妻は織田信定の娘であり、妻から見れば実父と夫が同じ名なのである。
「この戦国の世、確かに攻めに回らねばいずれ他家に吸収されてしまう事は明白であり、此処にいるもの大半はご意見ごもっともと考えていると思います。」
「その上で領土拡大という事ですが、西に行きますか?東に行きますか?」
安祥松平が棟梁のような振舞いをしたことを咎めるかと思いきや、そうでは無く今後の進軍先についての質問であった。清孝が思っていたよりも既に安祥は宗家として他家から認めれられている様だった。この点に関する懸念は先案じと言う者であったという事かと、清孝は少し安堵した。
「我々は三河を統べているといっても実際は西三河のみである。東に進み、まずは東三河を我らの麾下にしようと思って居る。」
「成程、承知致しました。」
信定は了解したようだ。尤も西に進むとすぐさま尾張の織田とぶつかることになる。岳父と松平が戦になることは、信定はやりにくいだろうと思う。
「それでは、旧来よりの宿敵である今川と事を構える事になりそうですな。」
清孝は漸く、自分の思いを周りに下知することが出来た。どこまで登り続ける事が出来るか分からないが、命ある限りこの松平を大きくすることに務めようと思った。
是 ~松平清康物語~ river @Nearco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。是 ~松平清康物語~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます