24 3月28日

 それから2週間、私はひたすら村元さんと向き合った。村元さんが得意なこと、苦手なこと、村元さんは以前は郵便の仕分けをしていたこと、食べることが生きがいで昼休みは周辺のランチを散策していること、得体の知れなかったおじさんが少しずつ分かってきた。


 しかし、周りの村元さんへの非難は勢いを増すばかりだった。


 3月28日、契約期間終了まであと3日。


 吉岡さんと午後の打ち合わせをしているときにチーフが近づいてきた。

「あの、ちょっといいかな。」

 私たちが振り向くと、ちょっとこっちへと廊下へ出る。悪い予感がした。


「村元さんなんだけど、隔離しようって話になって。」


 かくり。その3文字の意味が分からなかった。隔離って隔離病棟などで聞く隔離?村元さんはもちろんウイルスを持っているわけではない。


「村元さんおると、林さんも吉岡さんもいろいろ聞かれて大変でしょ。しかも声もうるさいし。あと3日だけど、なんでもいいから仕事頼んで下の階の作業部屋でいてもらおうって課長と話してたんだよ。」


 声が出なかった。たしかに、村元さんとの仕事はスムーズにいかないことが多い。けれども、だからっていなくなればいいなんてことはもちろんない。


「…それっておかしくないですか。」

 声を振り絞る。かろうじてでた音声にチーフは顔をこわばらせる。


「村元さんは一生懸命仕事をしています。わたしたちがよく村元さんに仕事を頼んでいますが、すごく助かっています。やり方さえ工夫すれば…。」


「無理だよ。」

 後ろから課長の声がした。

「正直、君たちだけの問題じゃないんだ。他の課からも苦情が出ていてね。あの人にいてもらっちゃ全体の士気が下がる。」


 ふっと鼻で笑う課長の顔を見て、この人にも奥さんや子どもがいるんだよなとふと思った。


「だからって隔離はおかしくないですか。県庁の1階には障碍者雇用を進めていますっていうポスターもありますよね?それなのに、いろんな人が働けないっておかしくないですか。」


 怒りをあらわにする私をチーフが慌てて止める。

「まあまあ、村元さんは障害者雇用じゃないし、ただの使えない人でしょ。だからしょうがないっていうことで、僕たちから伝えとくから。」


「障害者だとかそうじゃないとかじゃなく…」

 立ち去ろうとするチーフと課長の背中に、私が再び反論しようとすると肩に何かが触れた。振り返ると、吉岡さんが肩に手をおいて首を振っていた。


 人と人で出来ている社会で変えられないことがあっていいのか。人と人で出来ている社会で隔離なんてことがあっていいのか。


 社会を変えようと思うことを教えてくれた吉岡さんにこんな現実を見せたくなかった。


 廊下でそのまま突っ立っていると、村元さんが部屋から出てきた。

「チーフから地下の倉庫から作業室への荷物運び頼まれたんで、今から行ってきます!」


 自分が隔離されているとは思っていない村元さんは元気にエレベーターへ向かっていった。どうかその事実だけでも気づかないでほしいと思った。


 

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