5 朝礼

 8時30分になるまで仕方なくぼーっとしていると、私の席の横の入り口から女性が息を切らし部屋に入ってきた。

 まるでファッション雑誌から出てきたように手足がすらりと長く大人っぽい女性は、門田さんに「またギリギリに来て!社会人は5分前には来ないといけないよ、もう!」とまるで子供のように怒られていた。

 そして女性は、

「あ!もしかして林さんですか!私吉岡といいます。同じく臨時職員です。よろしくお願いします!」と言いながら途中でチャイムがなると急いで別のデスクに走っていった。どうやら吉岡さんのデスクは門田さんや私のデスクとは少し離れた、正規職員の島の中にあるようだった。


 突然「おはようございます。1月27日木曜日の朝礼を始めます。」

という声が響き渡った。どうやらこちらを向いているデスクの一つに座っていたスーツの男性が発した声のようだった。するとその周りに座っていた人たちがぞろぞろと立ち上がり始める。


 どうやらその声で立ち上がったのは、男性のちかくの3つの島の職員たちと男性と横並びになっている人達の数人だった。つまり、男性の声で立ち上がったのは大きな部屋の中でも右側4分の1ほどで、他もそれぞれ1人が何か言うたびに4分の1ずつ立っていた。学校の全校集会で一クラスずつ呼ばれて退場するのを思い出した。


 門田さんが立ち上がったので私も慌てて立ち上がると、男性が口を開いた。

 「まず、はじめに新しく入っていただいた臨時職員さんの紹介を行います。林さん、前へどうぞ。」


 わたしはいきなり名前を呼ばれ、驚き、小走りで男性のもとへ向かった。そして全員に相対するように姿勢を整えると男性は言った。


 「今日から観光課で働いてもらう林吉さんです。では林さん、何か挨拶をお願いします。」

 

 予想していなかったことに焦る。なんだか今日は焦りっぱなしだ。スーツの人たちの視線が痛い。だけれどわたしは人前で話すことは苦手ではない。


 「おはようございます。林吉と申します。今回初めてデスクワークに就くのでとても緊張しています。事務仕事について知らないことが多いので、ご迷惑をおかけすることもあるかもあるかもしれませんが、今日からよろしくお願いいたします。」


 言い切り頭を下げると同時に各所から拍手が沸いた。頭を上げると、先ほどの鋭い視線を送っていたスーツの人たちが温かい笑みを浮かべて拍手をしてくれていた。


 照れながら自席にもどると、男性は

 「はい。では引き続き朝礼を行いたいと思います。各チーフからの連絡をお願いします。」といった。すると、各島で一番窓際に近い席の人が順に報告を始めた。なにやら名前とか時間とか会議がどうと言っているのはわかるのだが、何のことを言っているのかよくわからない。適当に聞いていると各島3人の報告が終わった。


 初めの男性が

 「他に何か報告はありますか。」と言ったが、誰も何も言わなかった。これで終わりかと思っていると、男性が口を開いた。


 「では、今日のスピーチを始めます。」『今日のスピーチ』という言葉を聞いたのは小学校の「朝の会」以来だ。


 「今朝ニュースで・・・が ・・・・なって国会でインバウンドが・・・・で・・・だと・・、それで・・。・・・」


 男性の言葉を必死に聞くが、早口だし、知らない言葉ばかりで正直わからない。そして何よりつまらないことが周りの反応を見ていてよくわかる。男性の視覚に入っているだろう男性は大胆にもあくびをしている。


 言葉の意味を捉えられないので、話の切れ目らしきところでうん、うんと首を振っていると、いきなり全員が「「お願いしまーす。」」と言い、散り散りに散っていった。


 どうやら男性の話でかろうじて聞き取れた、最後の「では皆さん今日も頑張りましょう。」という言葉が朝礼終了の合図らしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る