初出勤

4 初出勤

「おはようございます!」

 緊張しながら部屋に入ると、ほとんど人がおらず拍子抜けした。


 あれ、8時半からだよな?と思い慌てていると、後ろから

「あ、もしかして林さんですか?」

 と、どこかで聞いたことのある声がした。


「僕、近藤といいます。先日電話させていただいたのも僕です。」


「おはようございます!林吉と申します。今日からよろしくお願いします。」

 近藤さんはそそくさと自分の席に荷物を置くと、


「林さんの席は…」近藤さんが出口の横に視線を向ける。


 ファイルやら何やらが山積みになっているところへ近づいていくと、「たくさん物が置いてあってごめんね。」と近藤さんは急いで荷物をどかしはじめた。


 これが私のデスクなのか。正直、物置かと思っていた。というか、私が来るまでは無人のデスクだったわけだからむしろ「物置」だったのだろう。


 近藤さんが大量の荷物をデスクからどかしてくれ、やっと座ることができた。

 

 横を見ると、私のデスクの隣にはもう一つ机があった。こちらはきれいに片付いている。どちらも座ると壁を向く形になっており、ほかのデスクからは孤立している。


 部屋自体は学校の教室が4つくらい横につなげられた程の広さで、長辺のうち廊下側に私たちのデスクがあり、反対側の長辺の側には廊下を向をいたデスクが横並びにどしんどしんと並んでいる。きっとえらい人が座る席なんだろうと何となく思う。


 そして、私たちのデスクと偉い人達のデスクの間に、6つずつくらいの島がいくつも配置されている。


 部屋の端から端まで同じ構造で置いてあるデスクはすごい威圧感だ。学生の時に職員室に入った時の緊張感を思い出す。

 

 横から「おはようございます。」と声がして、横のデスクに女の人が座ってきた。慌てて立ち上がり、


「おはようございます!今日からお世話になります!林です!」と挨拶した。予想外に大きな声が出てしまったので、女性は少し驚いていたが、


「門田といいます。わたしも臨時職員なのでよろしくお願いします。」と優しく挨拶してくれた。


 再びお願いしますと小声でいった後、なんだかその場が手持ち無沙汰で、

「あの…何かすることはありますか。」と門田さんに聞いてみると、


「8時半から朝礼だから、それまでは何もしなくても大丈夫!明日からは少しずつ朝礼前の仕事も教えるね。」と言って忙しそうに机を離れた。


 8時20分を周りだした頃に少しずつ人が部屋に人が集まってきた。私は8時10分くらいに来ていたから、だいぶ早かったのだなと思った。


 けど私より早く来ていた人たちは何時に来てるのだろう。


 することもないのでぼーっとパソコンの画面に映る時刻の表示を見つめる。今は8時22分だ。


 そういえば、コンビニでバイトをしていた頃はこの時間には仕事を終わり、大学に向かっていたな、などと思い出した。


 朝5時から8時まで働いて、8時50分の大学の授業に行っていたから今の時間はちょうど大学へ通学中か。


 や、そうじゃないときもあった。


 そのコンビニではよく5分程度の残業を頼まれた。それくらいなら授業に間に合うかと思いOKすると、結局レジに長蛇の列ができ抜け出せず、8時半くらいになってやっと店長が「上がっていいよ」と代わりに来るのだった。


 おかげで授業には遅れるし、何より許せないのが残業分の給料は一切払われなかったところだ。バーコード式の退勤システムがあり、数分単位でパソコンに記録してあるはずなのに5時から8時の3時間×850円の時給分しか絶対に払われなかった。


 そういったことに耐え兼ね、コンビニのバイトは2カ月余りで辞めた。大学1年生の初夏のことだったので、「早朝バイトは雪が降ると大変だよ?できる?」という当初の店長の心配は無駄になった。


 


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