2 受かりたくない
面接官に語っていたことは、半分は本当で半分は嘘である。
大学4年生の頃、就活はしていた。
当時私は、番組制作会社への内定を目指し、夜行バスで東京に通う日々を送っていた。だいたいの会社が1次面接、2次面接、最終面接のように複数回の面接を行うものだから、夜行バスで熟睡する術は完璧に身に付けたし、微々たる貯金残高は着実に0に近づいた。そんな思いをしてたどり着いていた東京で、私は数々の奇行を繰り返していた。
面接で嫌いな番組を聞かれれば、その会社が製作している番組を答えたり、「私服でお越しください」とメールが来れば真っ赤なパンプスを履いていった。グループディスカッションでは一人だけメモ帳も持っていなかった。
これらは就活業界の暗黙のタブーである。もちろん、こういった振る舞いをしても受かる学生は受かるが、それは他に何かしら秀でたところがある学生だ。現実はドラマのように「面白い奴だ、よし採用しよう」とはいかない。
ただ、私は私で多くの奇行を繰り返したのは事実だが、企業は企業で無茶な試験をするところも多かった。
ある番組制作会社の2次面接の場所を告げるメールには、日時と「お弁当を持ってきてください。これについての説明は受け付けません。」と書いてあった。
わたしはその文面の意味がすぐには分からなかった。しかし、何度か数十文字の文を読み返すうちにある2つの仮説が浮かんだ。1つ目は長時間にわたる試験が行われるため昼食として弁当を持ってこいということ、2つ目は弁当について何か試験をすることだ。
当日試験会場に行くと、たくさんの就活生がビジネスバッグの他にもう一つ別の袋を下げていた。就活バッグ以外になにか持つことも暗黙のタブーに入るので、その光景は珍しかった。
会場では就活生が5人ずつに分けられ、順番に部屋に通されていった。どうやらその部屋で試験が行われているようだった。5人入っては10分後に出てきて、次が呼ばれる。そうやら1つ目の仮説の線はなさそうだ。
思いのほか私たちの順は早く回ってきた。
部屋に入ると、大きな机の片側に5人ほどの試験官らしき人がいた。番組制作会社の面接は試験官が私服であることが多い。スーツで正対されるのとTシャツにジーンズで正対されるのどちらが緊張するだろう。
真ん中にいる試験官が軽く全員に自己紹介を促し、就活生が順に出身大学と名前を言う。試験官は笑顔で、あるいは真顔でそれを聞いていたが、就活生はお互いの名前など聞いていない。弁当はなんだ。そればかりが全員の頭を駆け巡っていた。
全員言い終わると、試験官はドラマの決め台詞でも言ってそうな顔で「あなたの持ってきた弁当について3分で説明してください。」と言った。
5人の中で一番端に座っていた私は、自己紹介では一番最後の順だったのだが、「では、今度はそちらから」と言われかなり焦った。
しかし、私の2つめの仮説用に弁当の中身とその会社の志望動機を絡ませたプレゼンを用意していた。試験官のお題はその内容が生かせそうなものだったので、焦りながらもそのプレゼンをどうにか言いきることができた。
しかし、次の男の子は自分の昼食として買ったコンビニ弁当の説明をさせられる羽目になっていたし、 私の次の次の女の子は「お弁当」というドラマの台本を書いてきていた。5人の試験官はその子にニヤついたり、ため息をつきながら、「なぜ台本を書いてくればいいと思ったの?」といった質問をしていた。
後日、私はその会社の3次試験を断った。
就活を思い出すとき、必ずコンビニ弁当の彼と脚本を書いてきた彼女を思い出す。彼らがその後どうなったかは知らないが、どこかで生きている彼らが幸せに、幸せに過ごしているといいなと思うのだった。
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