「」
吉城カイト
「この物語に名前を付けようか」
「ボクという存在は、時に死神なんじゃないかと思うわけだよ」
彼は顎に手を当てながら、さも名探偵かのようにずばり確信をついた。
「これはまた、急な話だね」
「いやなに、簡単な話だ」
「というと?」
タイムリーで返す。推理を聞こうじゃないか、と付け加えた。
「僕と関わった登場人物が今まで全員死んできているんだ。これではまるでボクが殺していると言っても過言ではない。そう、例外なく。一人残さずね」
「そうなると、私はもうすぐ死ぬとでも?」
「いや。ひょっとすると君はもうすでに死んでいて、ボクは物言わぬ骸に話しかけているのかもしれない」
「私が今話している事実はどうなるの?」
「それもボクの妄想という話さ。いや、幻聴といった方がいいのかな。兎に角つまるところは、全ての登場人物は既に死んでいて一人残されたボクがこの物語を語っているのではないか、という話をしたいのさ」
ふーん、とつぶやいてみる。
彼の方を見ずに、私は手元のスマホを起動させた。さっき電源を切らなければよかった。
さほど興味のない反応を見せたというのに、彼はまるで気にしていないようで、その反応を予想していたかのように、さも当然そうに続けた。
「この物語は作者、うん、犯人エックスと仮定しよう」
「犯人?」
「いいから。ボクの話を聞いてくれ」
彼が自分から話を脱線することは良くても、どうやら私が逸らすことは許さないらしい。
「その犯人エックスはボクや君、あるいは彼や彼女という存在を創り出し、物語という名の、犯人の監視下にある箱庭で飼っているということだよ。性格や人格、容姿や手の数や足の数、果ては運命とやらも、犯人はボクたちに与えたのではないか」
今の今まで立っているのが疲れたのか、彼はよっこらせと声に出しながら地べたに胡坐をかいた。
「手足の数は一定だと思うけどね」
このまま彼の途方もない話に付き合っていると時間がいくらあっても足りないだろう。私は酷く重い溜息を吐いた。彼にまざまざと見せつけるように。わざとらしく見せつけるために。
だが、これすらももしかしたらハンニンとやらが私にさせているのだとしたら面白い。笑ってしまう。そこに私の意思がなくなるわけだから。どうしようもなく退屈に感じている私がそこにいる以上は、その感情も否定されるのだろうか。それともそれすらも含めて、ハンニンは私という存在をここに、この場に造り出したというのだろうか。
それだとしたらいったい何のために?
ただひたすらに彼の話を聞かされるためか?
冗談じゃない。そんなのは、屍で十分だ。
「さて、話を続けようか。思考の時間は終わったんだろう?」
こほんと軽く咳払いをして、再び彼は自分の口を開いた。
「与えられた運命をボクたちはひたすらに歩くという話だ。どうしようもなくそこから逃げる術もなく、いや逃げようとする意志も創られ、それに力なくねじ伏せられる物語を歩まされているわけだけれども。一体全体、そこに登場人物の意思はあるのかということを考えるべきだと思うんだ」
ちょうど。
私の思考を読んだかのように。
「いやなに。君の思考を読んだわけではないよ。そういう話をするようにと、そう犯人からボクが喋るように動かされただけだ。ボクは君のことを、君の中身のことを一切わかっていないわけだからね。君がどういう台本を渡されて、どういうセリフをこれから言うのか、どういう表情で何をするのか、ボクは全く知らされていないわけだからね」
そう。長々と彼は言った。
それが異様なまでに、とてつもなく、ただ純粋に、気持ち悪かった。
にやりと彼の口角が上がるのがわかる。
目元に少ししわができて、閉じた口元から白い歯が顔を覗かせる。にっこりとほほ笑んだ彼は、満面の笑みを浮かべた彼は、はっきり言って気持ちが悪かった。瞳に光が無かった。もともと存在していないのが当たり前のように。そこに感情というものが入る余地は微塵もなかった。
「まぁ君は僕のことを悪く思ったわけだけど、それも犯人によるなんらかの意図があったんだろうね」
また、だ。
「ここでボクがこういった行動をしたことで、この物語にどういった効果が生まれるのか。簡単に推測すれば、単純にボクを奇妙な存在として読み手に想像される為だろうね。そこに正確な解釈の不一致はあれど、確かにボクは今、特異な存在として映っただろうよ」
嗚呼、と。
無感動なまでに吐息をこぼす。
さも残念そうな顔をするのが正しいと言わんばかりに、ここで正しい反応を見せるべきだと言わんばかりに、彼はそんな表情を浮かべた。
「あ、そうだ。重要なことを忘れていたよ。この物語を語るうえで、ボクが語り部として活躍するうえで、最も重要なことだ。いや、もしかしたらさほど重要でもないかもしれない。まぁそこはどっちでもいいか」
今度は座るのに飽きたのか、パンパンと手で尻をはたいて立ち上がった。
「なにそれ」
「小説というのはつまるところ、究極的に言って、全て妄想の産物に過ぎないということだ。こんなことを言っては、世の中の書き手に怒られてしまうわけだけどね。だけれど、そうはいっても、想像上の物語でしかないんだよ。結局は。事実は小説よりも奇なり、という言葉があるけど、それは実際のところ、小説が空想だという証明でしかないのさ」
「それは一理あるね」
私としては珍しくこくりと頷いて見せた。
いや、これもハンニンの台本かもしれないけど。
「じゃあその空想をれっきとした物語として昇華させるにはどうしたらいいか。単純だ。読み手がいればいいのさ」
「読み手? 書き手の反対ってこと?」
「正確に言うならば、受け手かな。ボクらに関心や興味を持ってくれている人に当たる。この物語を読んでくれているそこにいる手の届かないお前にも当てはまるという話だよ」
彼は突然明後日の方向に向かって喋り出した。頭が狂ったのだろうか。握りこぶしに親指を立てた手を、天井に向かって突き立てた。
まぁ、もともと狂っていたのであれば、この冒頭からの話も全て彼の虚言になるわけだが。
「読み手がいて初めて、物語は作品へと成る。逆にいなければ、ボクたちがいるこの物語はいつまでたっても永遠に妄想という牢獄から抜け出せないのさ」
「じゃあ私たちも作品になるってこと?」
「そういうことさ」
言っている意味がまるで分からなかったけれど、それでも確かな自信にあふれている彼の態度からは何かを信じさせるような、期待してしまうような何かを感じた。
「それってさ……」
あれ。私は今何を想ったのだろうか。
いつの間にか、私自身がこの物語として享受されることを嬉しく思っていたのだろうか。
そんなこと――。
「微塵も考えていなかった、か。うん。そういうことだね。どうやらボクたちもやはり最初から意思というものはなかったようだね。君はどうあってもこの物語を肯定するべき運命にあったということだ。最初は否定するものの、語り部のトーク力によって意見に誘発され、やがて終盤では肯定するといったキャラクターだったわけだ。つまるところ、結局は誰しもが犯人の手ごまなのさ。」
犯人による、犯人のための、犯人の物語。
それを受け入れるための余興に過ぎないのだと、そう言った。
「気づいていなかったのかい。それとも気付いたうえで無視していたのかな。見たくないものに蓋をして隠していたのかな。君が、本当は、ただの」
「聞きたくないッ!!!」
「おっと」
キーンと鼓膜を突き破る音がした。
空気に交じって、広がって、消えていった。
私の声が。私の音が。私の存在が。
「いう必要のないことだったね。改めて確認するべきことでもないか」
耳をふさいでも、まだ雑音はにゅるりと入ってくる。目をつぶっても存在感は消えなかった。
「まぁ。ここらで三千字も越えたところで話を片付けるとしようか。これ以上喋ったところで、読み手が飽きていなくなってしまってはそれこそ大問題だ。ボクらにとっては重要な存在なのさ。それこそお客様は神様じゃないけどね。おっと、困ったな。泣くというのも台本にあったのかい」
彼の言葉でようやく自分が涙を流していることに気が付いた。ただ滝のように、止める術を知らず、ただただ枯れない雨は降り続いた。
「まぁいいか。晴れてこの物語は空想から作品へと昇格したわけだけど、君は何か思うことはないかい。ボクはあるね。そう、またしても重要なことだ。読み手が必要なことの次に重要なことだ。わからないのかい、え、あ、そうだね。もったいぶらない方がいいか。これ以上延ばしても意味がないからね。そう、タイトルだよ。この物語にはタイトルがないんだ。呼ぶときに困るじゃあないか。名前があって初めてそいつは存在感を得るのだからね。だからこそ、ここで名前を付けてほしいんだ。この作品のね。どうやら犯人エックスは仕事を放棄したらしい。代わりにこのボクが、語り部のボクが、つけることになったわけだ」
さて、何がいいかな。
暗闇に歯列が煌めく。
本日も名を刻む。
ボクは勢いよくエンターキーを押して幕を閉じた。
「」 吉城カイト @identity1228
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