11
気付けば天井を眺めている。恐らくもっと前から俺の眼は開いていて、ヒビの入った天井を見上げていた筈だ。
窓の外を鳥の影が通り過ぎる。
身体中に怠さがこびり付いている。上体を起こす気になるまで時間が掛かる。
俺は半裸でベッドの上にいる。だが、周りは部屋というよりは廃墟だ。ベッドは家具というよりは、そこに遺棄された粗大ゴミだ。
壁際の化粧台もまた然り。鏡面は端が僅かに欠けているだけで無事だが、埃で白く曇っている。長らく誰かが使用した形跡はない。だが俺は、そこから意識を離せなくなる。初めは理由がわからなかったが、目が慣れるにつれ、見えてきた物がある。鏡の前に、銃が一丁置かれている。銃身の短い、黒のリボルバーだ。
ベッドを離れ、化粧台へ近付く。鈍く黒光りする回転銃は、確かにそこに存在した。手に取っても、幻となって消えはしなかった。
見た目以上の重みが手に掛かる。中にまで、鉄が密集しているのだとわかる。弾倉を振り出す。弾は五発込められている。
この銃弾を以てすれば、とふと思う。
眠りに就くことが出来るのかもしれない。
弾倉を戻す。鏡面の埃を拭う。掌が通ったところに顔が現れる。こめかみにパッチを貼り付けた、蒼白い顔の男だ。
鏡の中の男が、手にした銃を頭の高さまで持ち上げる。銃口はこめかみに、いや、恐らくパッチに向けられている。男は銃を握ったまま左手(俺から見て右側にある手)の親指で撃鉄を起こす。甲高く硬質な音が、部屋全体に響く。
今一度、四角い有機プラスチックに狙いを澄ます。
息を吸い、吐き出す。
窓の外をまた、鳥の影が通り過ぎる。
鏡の中の男と眼が合う。虚ろな眼差し。何も語りかけてこない。無。全くの。そこにはどんな情報も存在しない。
こめかみの医療パッチ。そこへ向けられた銃口。
黒光りする引き金に掛かった人差し指。第二関節から先が、俺の意思とは無関係のタイミングで僅かに動く。動いたと認識した次の瞬間、意識は暗転する。
全くの闇。
ぼんやりと、弱い橙色の光が灯る。
暗がりの中に、幾列にも並ぶ座席の背もたれや、沈黙したスクリーンが浮かび上がってくる。
上映は終わった。だが、疎らにいる筈の観客は誰も席を立とうとはしない。居眠りしたまま、深い眠りに落ちているのかもしれない。俺は一人立ち上がり、通路を抜けて分厚い扉を開ける。
ロビーにも人の姿はない。切れかかった白色灯が、消灯の間隔を長めにとって瞬いている。
硝子戸の向こうに見える景色はまだ暗い。それでも俺は、コートを首元まで掻き抱いて外に出る。冷気に身が竦む。呼吸する度、鼻の内側が痛む。
チケットブースを通り過ぎる。今夜もサイレンは聞こえない。街は静かなままだ。皆まだ眠っているのだろう。濃紺の空の下で、起きているのは俺だけだ。真っ白な息を吐きながら、歩く、歩く、歩く。夜明けまでにはまだ時間がありそうだ。
〈了〉
夢売る男 佐藤ムニエル @ts0821
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます