最終話 エピローグ

 可憐がよもぎと九尾きゅうびに微笑みかけたそのときだった、胸元に下がる深紅の勾玉まがたまあかい閃光を放ち始める。幻惑されないよう目の前に手をかざすヒロキ、よもぎ、九尾の三人、そして可憐もその眩しさに目を背けていた。

 やがてあかい光が消えたとき、ちゃぶ台を囲む四人の耳に聞き覚えのある落ち着いた女性の声が飛び込んできた。


九尾きゅうびよ。よいか、よもぎ殿の言いつけに従いて、俗世にてしかと徳を積むのだ」


 四人が一斉に声の方向に目を向けると、そこでは純白の巫女装束みこしょうぞくに身を包んだシロが神妙な面持ちでたたずんでいた。ちゃぶ台の上座に座るその姿を見るなり、まず最初に声を上げたのは可憐だった。


「シロ……シロなのね。でも、どうしてシロが」


 続いてヒロキとよもぎも思い思いに再会の喜びを伝える。しかし九尾だけはその場で呆然とするばかりだった。


「ぐぬ、て、天狐てんこよ、なぜにれがここにるのじゃ」

「そうよ、シロ、私も聞きたいわ。シロは天命を果たしたんでしょ? なのにどうして……」


 可憐もシロに問いかけた。シロは軽く目を閉じてひと呼吸つくとゆっくりと口を開いた。


「九尾に最後の機会を与えたのはわれである。しかし今のよもぎ殿ではまだまだ此奴こやつぎょしきれないことがあるやも知れぬ。ならばしばしの間はわれが管理監督をするのが筋であろうと考えたのだ。よいか九尾よ、よもぎ殿とともにここ俗世でしかと徳を積むのだ。ズルをしてもわれはお見通しだ。よいな」

「はい、シロさん、よもぎ、頑張ります」


 よもぎはそう言って小さく敬礼してみせた。一方その隣で憮然とソッポを向いたままの九尾をシロは強い口調で叱りつける。


「九尾! 貴様、聞いておるのか?」

「き、聞いておる、聞いておるのじゃ。よもぎといい、天狐てんこといい、やはりわらわの未来は薄暗いのじゃ」


 九尾の態度にいぶかしみながらもシロは可憐に向かって姿勢を正すと深々と頭を下げた。


斯様かような事情であるゆえ、可憐よ、再びわれしろとなりて協力してもらえぬか」


 可憐の脳裏にシロとの思い出と別れの場面がよみがえる。同時に混然一体となった様々な思いが涙となってこみ上げてきた。可憐はその感情を押さえようと両手で口を覆いながら肩を震わせていた。

 その様子に心配したヒロキが可憐の肩にそっと手を添えて「大丈夫か?」と声を掛ける。可憐は「大丈夫よ」と小さく頷くと、涙を拭ってシロを見据えた。


「私なんかに何ができるかはわからないけど、シロ、これからもよろしく」


 可憐のその言葉を受けてシロは安堵の面持ちとともに大きく頷いた。



 今、ヒロキと可憐が並んで座り、目の前にはよもぎと九尾きゅうびがいて、その四人を見守るように上座にはシロが座っている。これから起きるであろう九尾とよもぎにまつわる様々な奇譚きたんについてはまた別のお話、今は皆の心をひとつにせんとヒロキは高揚した気持ちのままに声を上げた。


「よし、これですべては一件落着! 今夜の花火はみんなで観に行こうぜ」



――*――



 午後八時、昨晩の雨がもたらした湿気は日中の日差しですっかりと消えて今では涼しい夜風が川岸かわぎし葉桜さくらばを揺らしていた。

 可憐、よもぎ、シロの三人は浴衣ゆかた姿で欄干の前に立って花火が上がるのを待っている。その隣ではメイド服の九尾きゅうびが仁王立ち、相変わらずの偉そうな態度で今か今かと開始を待ち構えていた。そんな九尾にヒロキがあきれた声をかける。


「九尾、おまえさ、暑くないのか、そんな恰好で。てかさ、メイド服で花火なんてあり得ないだろう普通は。ほら、見てみろよ、あそこの子どもたちもヘンな顔しておまえを見てるぞ」

「よいのじゃ。これは、このスタイルはわらわわらわである証なのじゃ。アイデンティティなのじゃ!」

「おいおい、九尾、おまえ、意味を解って言ってるのか?」


 すると突然に九尾はヒロキを指さしながらまくし立て始めた。


「そもそも何なのじゃ、これは。みんなそろって一件落着じゃとか、浴衣ゆかたで花火じゃとか、これではまるでアニメやらの最終回みたいではないか。やっとわらわが俗世に降りて、これから大活躍じゃと言うのに、それはないじゃろう」


 そして九尾はなおも強い口調で言い放つ。


「そうじゃ、明日からはわらわが主役で仕切り直しじゃ。よいか、よもぎ、れも心してついて来るのじゃ」

「九尾よ、まだわからぬか。どれ、よもぎ殿、花火の前に露払いの火花でも散らしてみてはいかがかな」

「ぐぬぬ、不覚。わらわとしたことが天狐てんこの存在を忘れておったわ」


 ひとりあたふたする九尾を前にしてヒロキ、可憐それによもぎの三人はまたもや呆れた顔を見合わせるのだった。



 ド――ン! ド――ン! ド――ン!


 開始の合図にまずは三発の花火が上がる。そして間髪を入れずに景気付けの連発、大玉と続いて再びの連発が夜空を彩る。きらめく光が川面かわもを照らし、空を見上げる可憐とよもぎの頬も様々な色に染まる。

 ヒロキは二人の顔を見ながらよもぎと出会ってからのことを思い出していた。そして、今さらながら気づいたようにつぶやいた。


「考えてみれば、可憐もよもぎも女の子、シロもシュッとしたきれいな女性だし、九尾も一応は女の子だよな、チビっ子だけど。ってことは……これってひょっとして、いわゆるハーレムってやつなのかも……あ痛ッ!」


 自分の言葉が終わるより前にヒロキはすねに鈍い衝撃を感じた。咄嗟にしゃがみこむヒロキ。目の前では九尾が不敵な笑みを浮かべてヒロキを見下ろしていた。そう、ヒロキのつぶやきを聞き逃すことなく九尾がヒロキのすねを蹴ったのだった。


「九尾、おまえ、いきなり何を……」


 睨みつけるヒロキの目に、にやけた顔で「上を見ろ」と目くばせする九尾の姿が映る。そしてヒロキが何事かと頭上を見上げたそのとき、その視界に映ったのは可憐、よもぎ、シロの三人が振り下ろす三つの手刀しゅとうが迫りくるさまだった。


「イテッ!」




よもぎ☆スピリッツ ~押しかけ幽霊と理系男子は今日もいろいろ苦労する~

―― 完 ――

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よもぎ☆スピリッツ ~押しかけ幽霊と理系男子は今日もいろいろ苦労する~ ととむん・まむぬーん @totomn

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