第98話 お嬢さん、達者でな
管理人を先頭によもぎと
部屋の正面に見えるのは、金属らしき質感の大きな扉、そこに近づくにつれて周囲の明るさが増す。そして終点であるその部屋に着いたとき、よもぎは不思議な違和感に包まれるのだった。
よもぎが感じたその違和感、それは、こんなに明るい部屋なのに天井にも壁にも照明器具と言えるものは何ひとつないことだった。
すると管理人はようやっとこちらを振り向いて口を開いた。
「お嬢さん、あんたにはこの部屋がどう見えるかな?」
「明るいです。でもなんでこんなに明るいんでしょうか」
よもぎに続いて管理人は
「おい、お前にはどう見える?」
「暗くはないが、さして明るくもないのじゃ。なにより今の
「まあそういうことだ、お嬢さん」
「え――っ、よもぎ、よく意味がわかりません」
そこで
「よもぎよ、
「それなら九尾にはどう見えるって言うんですか?」
九尾はソッポを向いて誰に言うともなく吐き捨てるようにつぶやく。
「こんな
目こそ合わせていないものの、それはよもぎに対してのぼやきであることは容易に察しがついた。
「ふ――ん、そうなんですか。九尾はよもぎといっしょがいやなんですか。そうですか」
よもぎは冷めた目つきで九尾を見返すと胸から下がる
「あっ、待て、待つのじゃ、よもぎ。とにかく、待つのじゃ」
九尾は仕置きの電撃はもう
「まあ、その、なんじゃ……
パン、パン、パン。
よもぎと九尾の会話を眺めていた管理人は
「お嬢さん、その調子だ。これからも
「ぐぬぬ……
勝手を
「管理人さん、いろいろとありがとうございました。よもぎ、これから頑張ります。管理人さんもお元気で」
よもぎは深々と頭を下げる。並んで立つ九尾も組んでいた腕を下ろして不本意な表情のままよもぎに
管理人は大きく頷くと小脇の
目の前には左右に開く扉があった。見た目はエレベーターの扉そのもの、しかしそれにしてはかなりの大きさだ。精緻な唐草の文様が施された銅板に覆われた扉は部屋の光を乱反射させて鈍く輝いていた。
管理人が
「さて、お嬢さん、あんたにはここから俗世に下りてもらう」
「ここからって、これってエレベーターなんですか?」
「まあ、そんなもんだ。さあ中へどうぞ」
管理人は扉が開いたブースに
乗り込んだ途端、またもや奇異を感じたよもぎは困った顔で外に立つ管理人に問いかける。
「管理人さん、管理人さん、このエレベーター、ボタンがないんですけど」
しかし管理人はよもぎの問いに答えることなく、柔和な笑みとともに別れを告げた。
「とにかくそいつをよろしく頼んだぞ。それではお嬢さん、達者でな」
続いて管理人は厳しい表情で九尾を睨みつけながら鋭く命じた。
「おい、お嬢さんの言うことをしっかり聞いて、せいぜい頑張れ。じゃあな」
管理人がよもぎに最後の笑みを見せる。そして手にした
閉ざされたブースの中で
「おい、よもぎ。
「どうって、このまま地上に下りるんでしょ?」
「
やがてブース内全体になめらかなモーター音が鳴り響いた。それに続いて微かな振動が発せられたその瞬間、足元の床面が一瞬にして消え、代わって眼下に
「えっ、なに?」
よもぎが異変に気付いたとき、その身体は渦巻く
「ほれ見たことか。
よもぎがその声の方に顔を向けるとそこには背中を下にして落下しながらも腕組みをして余裕の
「さあ、どうするのじゃ、よもぎ。まずはこれが
「ちょ、ちょっと待ってよ、何よこれ。うっそ――、信じらんな――い!」
「にゃははは、どうするのじゃ。どうするのじゃ、よもぎ」
地上に向かって落下していくよもぎと九尾、そこには慌てふためくよもぎの声とあざけるような九尾の笑い声が響いていた。
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