第97話 これからよもぎがご主人様です
「こいつはこれまで幾度も悪事を企てては捕縛されて裁きをうけてきたんだ。そのたびに幽閉されては逃げ出してを繰り返してな、それで今回のことはお嬢さん、あんたも見てきた通りさ」
管理人はうなだれる
「それで今回は最も重い罰を与えようってことになったんだが……」
「最も重いって、どんな罰なんですか?」
よもぎの問いに管理人は九尾を見下ろしながら答えた。
「そりゃ完全な消滅だよ。どこにどうやったってこいつは逃げ出す。もう上の方でもこいつの更生は無理だと
管理人は刺股に力をこめてなおも九尾の首を押さえつける。
「ところが、だ。あんたも知ってるあの
「天狐って、シロさんですよね、シロさんが九尾をですか?」
「そうだ。こうして年齢遡行させればこいつはただの
管理人は九尾が逃げないよう一層の力を加えながらよもぎの顔を見ながら命じた。
「お嬢さん、あんたにこいつを教育してもらう」
「よ、よもぎがですか?」
「ああ、そうだ。こいつの
管理人は九尾の首から刺股を離すと続けて強い口調で命じた。
「おい、お嬢さんに挨拶しろ。丁寧にな」
するとうなだれていた九尾は四本の足でおもむろに立ってよもぎを睨みつけた。仔狐とは言えその眼光は鋭く、かつてお屋形様と呼ばれていたあの九尾の片鱗が垣間見えた気がした。
「お嬢さん、怯むなよ。いまこいつはあんたを威嚇してるんだ。しかしな、ビビることはない、こいつはもうあの九尾ではないんだ。あんたも睨み返してやればいいさ。それにこいつはあんたには手出しできないんだ。ほら、あんたの首から下がるその
よもぎは胸に下がる勾玉を手に取る。その玉はほんのりと金色の光を浮かべていた。
「そいつはこの九尾の
管理人は意地悪そうな笑みを浮かべて続けた。
「お嬢さん、その
その言葉に従ってよもぎは胸の勾玉を軽く握りながら九尾を睨み返した。
「ギャン!」
すると九尾はまるで断末魔であるかのような叫びとともにその場で飛び上がり、着地とともにその場でうずくまって全身をぶるぶると震わせた。その姿を見た管理人はよもぎに何をしたのかと問う。
「あの……その、電気とか、ビリビリって……」
よもぎのその言葉を聞いた管理人はまたもや大笑いした。
「ハハハ、まいったな、お嬢さん。あんたなかなかエグいことするもんだな」
管理人は弱々しくうずくまる九尾を見て続けた。
「結構、結構、それでいいんだ。そうやって己の立場ってのを叩き込んでやるのさ」
今、この豪奢な部屋には沼の管理人とよもぎ、それに仔狐となった
会話の口火を切ったのは管理人だった。
「さて、それではお嬢さん、あんたにはさっそく行動を開始してもらう」
「管理人さん、よもぎ、事情はわかりました。だけど具体的に何をどうしたらいいんですか?」
「確かにこのままここにいても何のしようもない。そこでだ、とりあえず俗世に降りてくれ。それでいろいろと、まあ、徳を積むというか善行を行なうなりして点数を稼ぐんだ」
「俗世って……よもぎ、もう一度生まれ変わるんですか?」
「違う、違う、そのまま、そのまま降りるんだよ」
「それじゃ、また幽霊のままですか」
「まあ、そうなんだが、そこの
「それなら、それなら、管理人さん。よもぎはもう一度ヒロキさんのところに戻りたいです」
「う――ん、まあ確かにそれが自然なんだろうな」
そして管理人はよもぎに聞こえるか聞こえないかのように小さくつぶやいた。
「それにあそこならお目付け役も置きやすいだろうしな」
よもぎの顔がほころぶ。九尾というおまけは付いてくるが、またあの楽しい日々に戻れると思うとよもぎの心は高揚した。しかしよもぎは突然思い出したように声を上げた。
「いっけな――い、ヒロキさんのアパートってペット禁止なんです。でも、
「ん? ああ、そんなことか。そりゃ心配いらんよ」
管理人は傍らにおすわりしている九尾に厳しい視線を向けて「おい!」と命じる。するとよもぎの胸から下がる
「どうだ、お嬢さん。これなら問題ないだろう」
「え――、何これ、信じらんない。ちょっとかわいいんですけど」
よもぎは幼女となった九尾の前に立つとその場に膝をついてその頭をくしゃくしゃとなでた。九尾はつぶらな瞳の顔をゆがめてよもぎを睨み返しながらその手をパシンと払い除ける。そして居丈高に腕組みをして不敵な笑みを浮かべて見せた。
「
よもぎは九尾の生意気な口が終わるのを待たずにその頭上にチョップをお見舞いした。
「な、なにをするのじゃ。この九尾の頭を叩くなぞ……イ、イタッ」
よもぎは再び表情ひとつ変えずに二発目のチョップを浴びせた。
「一度ならず二度までも……よもぎ、
「それはあんたがタカビーな態度だからです。これからはよもぎがご主人様ですからね」
そんなよもぎと九尾のやりとりを見ていた管理人は笑いながら言った。
「お嬢さん、それでいいんだよ。そんな感じでまあ、しばらくそいつの面倒を見てやってくれ」
そしてカウンターに置かれたカップに残るすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干すと、不敵な笑みを浮かべながらひとりつぶやいた 。
「お前ら、案外いいコンビになるかもな」
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