第96話 ポイント割引、特典付き

「それではお嬢さん、そろそろあんたのこれからについて話をしようか」


 管理人は壁に立てかけた刺股さすまたを手にしながら話を続けた。


「まず基本となるごうはあんた自身の油断による過失、これはもう理解できただろう。そしてそれによって親よりも先に死んでしまったこと。あとはあんたの社会的な要因に対するごうだな。要するにあのお友だちだの何だの、あんたの周囲を取り巻く諸々もろもろだ。単純に考えると三つなんだが、あんたの両親がまだ健在なんでな、そこは両親それぞれの分ってことになるから、まあここでのみそぎは合計で四年ってところだ」

「四年ですか」


 よもぎは小さな溜め息をつく。


「しかしお嬢さん、ここは俗世とは時間の進みが違うんだ」

「そうなんですか?」

「おおよそ一〇倍だな。ここの一年は俗世の一〇年ってことさ」

「一〇年ってことは、よもぎの四年は……四〇年ですか」

「まあそういうことだ。そういうことなんだが……」


 管理人は今までのやさしげな顔とは違った不敵な笑みを浮かべてよもぎを見た。


「さっきも言った通り、お嬢さんには少しばかりの割引があるんだな。割引というか特典というか、まあそんな感じだ」

「割引って、そんなのありなんですか?」

「決めるのは俺じゃない。もっと上の方さ」


 管理人は人差し指を立てて天井を指さした。


「特にあの天狐てんこがな、えらくあんたを気に入ってるみたいで、自分に代わっていくつかの仕事をさせたがってる」

「そんな……管理人さん、ハッキリ言ってください。よもぎ、もう何を聞いても驚かないし泣きもしませんから」

「ハハハ、そうか。ならば具体的に言おう。まずはあんたのごうだけどな、四年と言ったが割引特典がある。まずひとつ、猫を助けただろう。それにあの九尾きゅうびの成敗に一役買ったこと、そして奴の傀儡くぐつの一人を成仏に導いたことだ」


 そこで管理人は刺股さすまたを手にしたままカウンターに戻ると飲み残しの紅茶を口にした。


「それであんたのごうは三ポイントの割引き、一年ってことになる」


 よもぎは唖然とした顔でポツリとつぶやいた。


「そんな、スーパーマーケットのポイントカードみたいな……」

「ハハハ、そりゃお嬢さんに分かりやすく説明するための例えさ。細かいことはさておいて、とにかくあんたのごうは一年に短縮されたってことさ。これはこれで素直な気持ちで受け入れてくれ」

「はあ、わかりました」


 そして管理人はさらに続ける。


「さて、お嬢さんにはさっそくあの沼でみそぎを始めてもらいたいところなんだが、事はそう簡単ではないんだ。あんたもさっき見ただろ、あんたをあやめたあの男を。あれの禊がまだ三年残ってるんだ。お嬢さんがこうなった原因となったあいつを差し置いてあんたが先にってわけにはいかないんだ」

「えっ、それじゃよもぎはここで三年、って、えっと、三〇年も待たなきゃ、なんですか?」

「そういうことになるんだが……」


 管理人の言葉が終わる前によもぎはソファーから立ち上がって管理人の前に立った。


「管理人さん、それならよもぎはここで管理人さんの助手をやります。ほら」


 よもぎは右手を上に上げてパチンと指を鳴らした。するとよもぎのスタイルは以前に九尾きゅうびからられたメイド服に変化へんげした。


「いや、これは一本取られたな。これじゃ苦行の沼ならぬ、メイドの沼だな」


 管理人はその場で腹を抱えて笑い出した。


「しかしお嬢さん、そんな気は使わなくて結構。実はあんたへのミッションは既に用意されているんだ」


 管理人は手にした刺股さすまたで床を軽く叩くいて部屋の出入り口に向かって命令口調の声を上げた。


「おい、入って来い!」


 しかし管理人の声の先、そこには黒光りする洞窟の岩肌が見えるだけだった。


「ほら、もたもたするんじゃない! とっとと来るんだ!」


 管理人はイラついたように声を荒げる。その様子によもぎも緊張感を隠せず、ただ出入り口の向こうで鈍く光る岩肌を見つめるばかりだった。


 すると出入り口の下の方にチラっと動く何かが見えた。よもぎはその場でかがんで目を凝らす。そこに見えたものは動物、おそらく犬の鼻面のようだった。


「おい、いい加減にしろよ。おまえがそのつもりなら……」


 管理人が刺股さすまたを出入り口に向けたとき、そこに顔を出したのはピンと立った耳を持つ子犬だった。


「ああ、かわいい!」


 よもぎの顔が思わずほころぶ。そして子犬に近づこうと彼女を管理人が制止した。


「お嬢さん、油断するなよ。迂闊に手なんざ出すんじゃない」


 管理人は手にした刺股さすまたを再び立てて続けた。


「とにかく、見た目に騙されないことだ。これからあんたはこいつに主従関係や立場ってものをしっかりとしつけていくことになるんだから」


 管理人はもう一度声を荒げた。


「さっさと来るんだ。こっちに来てお嬢さんに挨拶くらいしやがれ」


 その子犬はおずおずと姿を現した。全身を金色の被毛に覆われた身体からだ、その尻にはふさふさとした長い尾がだらりと下がっていた。


「この子、この子はワンちゃんじゃない。これってもしかして……」

「ふふ、お察しの通り、こいつは狐さ」

「ちょっと待ってください、管理人さん。狐って……金色の毛の狐って……」

「その通り、こいつはあの九尾きゅうびの成れの果てさ」


 よもぎは突然の出来事にすっかり言葉を失い、目の前の仔狐と管理人の顔を何度も見くらべるばかりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る