第91話 罪と業
目の前の映像はそこで途切れ、真っ黒な画面には呆然とソファーに座るよもぎの顔が反射して映り込んでいた。映像を見ながらよもぎはあの日のすべてを思い出していた。首に残る感触も、爪の先に感じたあのいやな手応えも、境内を吹き抜ける風の冷たさも、全部、全部。しかしよもぎの目から涙がこぼれることはなく、怒りも悲しみもなく、なぜか客観的な目でその映像を見ていたのだった。そしてすべてが終わったとき、よもぎは画面を見つめたまま管理人に声をかけた。
「管理人さん、終わりましたよ。よもぎは何もかも思い出しました」
管理人はゆっくりと部屋に入るとパチンと指を鳴らして照明を灯した。よもぎはソファーから立ち上がると不思議なほど冷静な口調で管理人に向き合った。
「
「ほ――、なかなか冷静だな。大丈夫か? 無理しなくていいんだぜ」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。だって三〇年も前のことですよ。それに御神木様に
「それに太田ヒロキに
「えへへ、そうなんです。これでもたったひとりで寂しい思いや悲しい思いを散々してきたんです。そしてみんなに守ってもらえて、よもぎは今とっても幸せなんです」
そんなよもぎの素振りを見た管理人は一瞬だけ
「そうか、そう考えられるのなら大丈夫だな。では行こうか」
管理人は
「さて、実はここからが本番さ。これからあんたにはこれまでの罪を償うための準備が待っているんだ」
「罪……罪ってよもぎがどんな罪を犯したって言うんですか? 罪どころか、よもぎは被害者じゃないですか、罪とか罰とかなんて、さっきのあいつに対してじゃないんですか?」
管理人の言葉を聞いたよもぎは喰ってかかるように一気にまくし立てた。
「確かに罪とは言ったが、まあ、それは言葉のあやというか、ものの例えのようなもんだ。あえて言うならば
「そんなの……罪とか
「ははは、まあ慌てなさんな。それをこれから説明してやるんだから」
蛇行する洞窟を抜けると、管理人は目の前に広がる小さな浜辺の、その水辺まで歩いて行く。そしてよもぎは未だ不安な気持ちを抱きつつその後を黙ってついて行くのだった。
よもぎは沼の管理人の後について、相変わらず歩きにくい乾いた砂地を足元に注意しながら真っ赤な湖畔に向かって歩いていた。そして水辺まであと数メートルのところで管理人は立ち止まると、片腕を横に伸ばしてそれ以上前に進むのを制しながらよもぎに向かって念を押すように言った。
「お嬢さん、あんた、さっきから平然としてるようだが本当に大丈夫なんだな? 映像の内容は理解したんだな?」
「はい、よもぎは大丈夫です」
よもぎは管理人の顔を見上げて即座にそう答えた。
「そうか、ならばこれからあんたに『あるもの』を見てもらう」
管理人は広がる水面の沖合を見渡すと、そのほぼ正面を指差した。
「そろそろだな。お嬢さん、見ててごらん。真っ正面の沖合、あのあたりだ」
管理人が指差すその先を見つめていると程なくしてパシャっと軽い水音とともに長い髪をべっとりと
「お――い、ちょっと顎を上げろ。いいか、おとなしくしてるんだぞ」
管理人は両手で
管理人は躊躇することなく力を込めて刺股を持ち上げる。男は首に食い込む刺股を両手で掴んではいるもののジタバタすることもなくその動きに身を委ねていた。
「お嬢さん、覚悟はいいな? 今からここに連れてきてやるからさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます