第84話 検索、探索、そして……見つけた

 午後の学内カフェテリア、最近では「二人の場所」と噂になっているその席でヒロキは一九八五年の記事を検索しようと持参したノートPCと格闘していた。

 まずは新聞各社が提供するデータベースサービスを探ってみたが、予想していた通り会員登録が必須の有料記事ばかりだった。ならば地道に検索エンジンを使ってみたものの、それもまた期待外れなトピックスばかりだった。


 ヒロキは気分転換に顔を上げて店内全体を見渡す。すると疲れて霞んだ目ににじんだ人影が映る。ヒロキは両目を軽くこすって近づいてくるそれに焦点を合わせた。


「さて、今日の授業は終わったわ。ヒロキの方はどう?」


 可憐は肩から下げたトートバッグをヒロキが座る正面の席に置くと、いつものように自販機の前に立ってブラックコーヒーのボタンを押した。

 昨夜の出来事がありながらもこれまでと何ら変わりのない可憐の振る舞いにヒロキはいささか拍子抜けしたものの、しかしそのおかげで気は楽だった。


「それで、それらしき記事は見つかりそう?」

「全然だよ。やっぱ無料のサービスじゃ限界があるし、検索してみてもこれと言った記事がヒットしないんだ」


 可憐は席に着くなりカップを両手に持ちながらヒロキの顔を見つめていた。ノートPCの画面越しに可憐の顔がチラチラと映る。そして何度目かに二人の視線が合ったとき可憐はにこりと笑って見せた。


「ねえ、ヒロキ、そっちに座っていいかな」


 そう言うが早いかヒロキの答えも待たずに隣の席に腰を下ろすと、寄り添うようにしてノートPCの画面を覗き込んだ。


「どんなキーワードで検索してるの?」

「いろいろと試してる。一九八五年とかN市とか、あとは『よもぎ』かな。AND条件やらOR条件なんかも組み合わせてるんだけど……」

「ふ――ん。で、何、これ。草餅、草ダンゴって……あっ、わかったわ、よもぎで検索した結果ね。それにしても大真面目な顔で草餅なんて」

「こっちは午前中からずっと調べてるんだ。そんなに笑わないでくれよ」

「あはは、ごめんなさい、そんなつもりじゃないのよ。なんかヒロキと草餅ってどうにもつながらなくって」


 可憐は小さな画面を見るためにヒロキに寄り添う。小柄な身体からだを震わせてくすくすと笑うたびに感じる異性の感触や体温にヒロキはまだまだこそばゆい戸惑いを感じるのだった。


「やっぱ地道に図書館で調べるしかないのか。とりあえず学内の図書館に……」

「それは期待薄ね。だって大学の図書館ってそもそもの目的が違うもの。それならヒロキの地元、N市の図書館の方が確実だと思うわ。新聞の縮刷版、特にローカル版なんて置いてるんじゃないかしら」

「なるほど……よし、これから速攻で行くか。可憐も来れるか?」

「もちろん、いっしょにいくわ」



 ヒロキと可憐の二人はN市駅に到着するとはやる気持ちを抑えながら足早に改札口を出た。駅の南口を出て数分、バス通りと幹線道路を越えたその先に目指す図書館はあった。

 二人は空調が効いた心地よい閲覧スペースで目的の新聞縮刷版を探す。しかしそこに並んでいるのはここ一〇年分のみで彼らが求めるものはそこにはなかった。


「一九八五年なんて、やっぱそんな古いのは置いてないのかなぁ」

「そんなことはないと思うわ。だってN市に図書館ができたのっていつよ。少なくともその年代のからあるはずだわ。もしかしたら閉架の方にあるかも」


 二人は早速受付の前に立って閉架書庫について問い合わせた。すると手続きは思った以上に簡単だった。ヒロキが申請書に必要事項を記入して身分証代わりの定期券と学生証と受付に手渡すと、すぐさま職員が記入内容を確認してきた。


「太田様、縮刷版は各月ごとになっておりますが、どの月をご要望でしょうか」

「一九八五年十一月から一九八六年二月までをお願いします」


 そう割って入ったのは可憐だった。


「ところで可憐、なんで二月までなんだ?」

「ヒロキがよもぎちゃんと出会ったのって二月だったでしょ、だからよ」


 ヒロキは可憐の言葉に納得するとそれを申込書に記入する。程なくして受付の机上に四冊の分厚い書籍が置かれた。


「こちらは貸し出し禁止図書ですのであちらの閲覧コーナーでご覧ください」


 ヒロキはずっしりと重い四冊を抱えて指定されたコーナーに向かった。テーブルは思った以上に広く大きく、二人で調べるためには向かい合わせよりも並んで座るのが妥当だった。可憐は電話帳のようにぶ厚く重たい一九八五年十一月の一冊を手にとると早速ページをめくり始める。


「私は十一月から見ていくわ。主に社会面とか事件、事故のだぐいをチェックすればいいと思うの。だから政治、経済、スポーツ、文化の欄は飛ばして進めましょう」


 可憐はパラパラとページを進め、あの曲がリリースされた一九八五年十一月五日のページを開いた。


「ならオレは一九八六年一月から見ていくよ」


 こうして二人は互いに会話することもなく黙々と記事に目を通した。読み進めるうちにまるで指紋が擦れてなくなってしまったのではないかと錯覚してしまうほど指先がツルツルになっていく。それでも書籍に折り目や汚れを付けないよう注意を払いながらページをめくった。


 およそ一時間が経過した頃、ヒロキは既に二冊目である一九八六年二月の縮刷版に手を伸ばしていた。そしてさらに一〇分が経過したとき、小さな事件の見出しがヒロキの目に止まる。そしてその記事を指で追いながら読み進めた。


「可憐、これを見てくれ、この記事」


 ヒロキはここが図書館であることも忘れて思わず声を上げた。可憐は自分の手を止めてヒロキが指差すその記事に目を落とす。



【早朝の神社に女性遺体】

11日午前7時頃、N市内住宅街にある神社の境内で女性が倒れているのが神社職員により発見された。女性は119番通報を受け市内の病院に搬送されたが同日午前9時に死亡が確認された。女性は所持品から市内に住む芹澤よもぎさん(16)であることが判明した。死因は着用していたマフラーによる絞殺で衣服、所持品ともに乱れがないことからN市署は顔見知りによる犯行も視野に入れて捜査を進めている。



 ヒロキと可憐は互いの頭がぶつからんとするほどに顔を近づけてその記事に見入った。ヒロキの息遣いが少しだけ荒くなっている。


「可憐、この記事……この芹澤せりざわよもぎって、あのよもぎだよな」

「私もそう思うわ。年齢もぴったりよ」

「見つけた、ついに見つけたぞ」


 ヒロキの身体からだが微かに震えているのが可憐にも伝わってきた。それが興奮によるものなのか怒りによるものなのか、可憐にはまだはっきりとはわからなかった。


「それにしてもこの記事、これだけかよ。これじゃ何もわからないじゃないか」

「ねえヒロキ、ちょっと落ち着いて。とにかくもう少し先まで調べてみようよ。続報があるかも知れないわ」


 ヒロキは自分の心を落ち着かせるため、顔を上げて軽く深呼吸をする。


「よし、先に進もう」


 そう言ってページを再びめくり始めた。可憐も小さな記事を見逃さないようヒロキに寄り添うようにして目を凝らしてページを見つめる。先ほどの記事を見つけてから数分後、再びヒロキの手が止まった。そのページには可憐にも一目でわかる記事の見出しがあった。



【N市2女性殺害、被疑者死亡のまま書類送検】

N市署は11日に発見された女性の遺体の爪に残された犯人のものと思われる皮膚の一部からDNA鑑定を行なった結果、昨年12月に殺害された別の女性の体内に残された体液のものと一致したことを発表した。これにより二つの事件は同一人物による犯行と断定し、N市内在住の無職男性を14日に事情聴取した。男性は自宅からN市署に移動する際、突然その場から逃走するも対向車線から来た車にはねられ意識不明の重体となり救急搬送されたが、同日午前11時に死亡が確認された。N市署は被疑者死亡のまま2女性殺害の容疑でこの男性を書類送検した。

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