第77話 棚ぼたの就活

 ヒロキにとって懐かしい声に振り向くと、すぐさまその顔がほころんだ。


涼多りょうた先輩じゃないっすか!」


 それはヒロキの三つ年上の幼馴染であり先輩でもある野々宮ののみや涼多りょうただった。涼多はこの大学のOBでもあり、IT企業に勤めるサラリーマン、そして彼が勤めるその会社こそヒロキが大学に入学して以来ちょくちょくバイトをさせてもらっている会社だった。


 やった!

 これこそ渡りに舟だ。短期バイトの口がないか先輩に聞いてみよう……てか、絶対にあるだろう、あの会社は慢性人手不足だし。それでスマホを買い替えればオレの社会復帰も完璧だ。

 ヒロキは涼多の顔を見るなり内心ほくそ笑んだ。そして単刀直入に切り出した。


「涼多先輩、折り入って相談があるんだけど……」


 しかし涼多は慌しく二人のテーブルの前にやって来るとヒロキへの返答もそこそこにその隣に座って向かいの可憐に微笑みかけながら軽い会釈をした。


「おいおいヒロキ、キバヤンが言った通りだな。あなたが、えっと、神子薗みこぞのさんですよね?」


 可憐は呆気にとられながらも小さく一礼して自分の名を名乗ろうとした。


神子薗みこぞの……」

「可憐ちゃんだろ? 聞いてるよキバヤンから。初めまして、野々宮です。コイツとはなんだかんだで長いつき合いなんだ」


 そういって涼多はヒロキの肩をポンポンと軽く叩いた。そんな涼多の畳み掛けるような勢いに可憐はただ「はあ」と相槌を打つばかりだった。


「しっかしお前ら、なかなかの有名人じゃないか」

「有名? 何が?」


 ヒロキはいぶかしげに聞き返す。


「てか、有名なのはヒロキじゃなくてミコちゃんか」

「ミコちゃんって……」


 可憐はあきれた顔を見せたが涼多はお構いなしで話を続けた。


「だってこのテーブル、最近は『二人の場所』って言われてるらしいぜ」

「二人の場所?」


 ヒロキと可憐は口を揃えて聞き返した。


「お――、きれいにハモるところもキバヤンの言うとおりだな。ま、何はともあれヒロキにこんなイケてる彼女ができたなんて、俺もうれしいよ」


 キバヤン……やっぱり彼か、まったく余計なことをペラペラと。ヒロキと可憐はあきれて顔を見合わせた。そんな二人を前にして涼多はあらためてイスに座りなおして真顔でヒロキに向き直った。


「実は今日来たのはな……ヒロキ、お前、就活はどんな具合だ?」

「どんなもこんなもないですよ。実はこの間スマホが壊れちゃって、就活の前にスマホをなんとかしなくちゃで。だから相談しようと思ったんです。涼多先輩、バイトありませんか、短期で」

「おっ、いいねいいね、グッドなタイミングだね。実は今日来たのは他でもない、ヒロキ、お前の就活にも関係あるんだよ。単刀直入に言おう。お前、短期のバイトなんて言わないでさ、ウチに来ないか?」

「来ないか、って……それって就職?」

「そう、ウチの社員にならないか、ってこと」


 ヒロキは突然の話に面喰らった顔で可憐の顔を見た。可憐も同様にヒロキと涼多の顔をかわるがわる見くらべていた。


「お前さ、大学に入った最初の夏休みからずっと休みのたびにバイトに来てたじゃないか。そのおかげで今じゃ簡単なプログラムなら組めるだろうし、即戦力として十分な実力もあるだろ。それにお前、ゼミは計算化学を履修してるって話じゃないか。あそこはプログラマーの集まりみたいなもんだし、お前も実は最後の押さえにウチを考えてたんじゃないか? ならばこりゃもう決まったようなもんだろ」


 涼多は一気にまくし立てると喉を潤すためにコーヒーを口にする。そんな彼をポカンとした顔で見ている二人のことなどお構いなしになおも畳みかける。


「とにかくさ、一度ウチに来てくれよ。そうだなぁ……お前、今日はこの後は何か予定はあるのか? 彼女とデートか?」

「いや、そんなんじゃ……」


 涼多は可憐を見て尋ねる。


「ミコちゃん、ミコちゃんは? このあと大丈夫かな?」


 ヒロキが慌てて割って入る。


「り、涼多先輩、神子薗は……まだ三年生だよ」

「いいじゃないか、超青田買い、将来の即戦力ってことでさ、ね、どうかな、経費で夕食くらいはごちそうできるし、な?」


 ヒロキは恐る恐る可憐に尋ねてみた。


「神子薗、どうだ? もし君さえよければ夕食のご相伴しょうばんなんて」

「ぜひ私もご一緒させてください、野々宮先輩。よろしくお願いします」


 可憐は席を立つと涼多に向かってペコリと頭を下げた。


「よし、決まった。いいね、こういうノリは大切だよ、うん」


 そう言うが早いか涼多は席を立つと「ちょっと失礼」と手振りで示して二人の場所から少し離れた位置でスマートフォンを取り出した。可憐はその間に丸めた白衣を畳み直してもう一度トートバッグに押し込む。そしてヒロキは可憐の片付けを手伝いながら申し訳なさそうに耳打ちした。


「なんかすまないな、妙な展開になっちゃって」

「いいのよ。むしろ新鮮な気分だわ。私にとっては新しい経験だし、私の知らない太田クンを見れるようでちょっと楽しみだわ」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 電話を終えた涼多は二人の場所に戻って来るとすぐに片手を挙げて「さあ行こう」と歩き出した。ヒロキと可憐の二人も涼多に遅れんと並んで学内カフェテリアを後にした。

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