第67話 九尾、最期の戦い

 九尾の顔が獣のそれに変化へんげするとともにその身体からだもまた大きく膨らみ、身に着けていたヴィクトリア調のメイド服を破って中から現れたのはその名が示す通り金色の大狐おおぎつねだった。

 尻には周囲を威嚇せんと膨張してぶるぶると震える太い九つの尾、九尾はその尾を振り回して背後に立つなずなを叩き払う。声にならない声を上げながら床に倒れこむなずな。しかし九尾はそんなことなど我関せずとシロを睨みつけたまま口から金色の気を放った。それは衝撃波となってシロを襲いかかるが、シロは自らの太刀でそれをあっさりと払って見せた。


人外じんがいは人外同志の方が決着も早いであろう。ヒロキ殿、よもぎ殿、今しばらくの間、そこに下がっていなさい」


 シロは片膝をついて太刀を床に置くと念仏らしきものを唱える。するとその全身は白く輝き、光が消えたときには白い大狐の姿に変化へんげしていた。深い深紅の瞳で九尾を見据え、その尻では白く太い四本の尾がゆらりゆらりと揺れていた。



 両者ともうなり声を上げながら睨み合う。ここからはまさに獣の戦いだった。

 シロが九尾に飛び掛ってその背中を取るとすぐさま首筋に牙を立てる。九尾は身を翻してシロを振り落とすとバランスを失いかけたシロに体当たり、その腹部を踏みつけて喉笛を狙う。しかしシロも間一髪で体勢を立て直すと九尾の鼻面を狙う。

 互いに牽制し合う天狐と妖狐、もつれ合う中でシロは九尾の後ろ足から血が滴っていることに気付く。それはなずなが九尾の太腿に打ち込んだ短剣による傷だった。よし、あそこを徹底的に攻めてやろう。シロは九尾の背後に回って九本の尾から適当な一本を選ぶと素早くそれに噛みついた。

 思わず怯む九尾、その一瞬を突いてシロは体当たり、思わずバランスを崩した九尾の後ろ足の傷をシロは前足で思いっきり踏みつけた。


「ぐがっ」


 短い呻き声を上げる九尾、なおも傷口を踏みつけるシロ。シロの爪が九尾の裂けた皮膚に食い込む。強烈な痛みになおも声を上げる九尾。その顎が上がった瞬間、シロはガラ空きとなった九尾の喉元に牙を立てた。決して離してなるものかとシロは自分の牙に渾身の力をこめる。そしてそのまま喉笛をえぐってやろうとシロはなおも首を振った。


「ぐはぁ、ぐはぁ、ひゅこ――、ひゅこ――、ひゅこ――」


 呻き声と喘鳴ぜんめいが入り混じって聞こえてくる。シロは九尾の首にかぶりついたまま四肢を踏ん張り床に押さえつける。

 九尾の反撃が徐々に弱まってきた。シロはその首に牙をより一層めり込ませると顎と四肢に力を込めて九尾の身体からだを持ち上げた。

 すっかり観念したのだろう、九尾はすっかり脱力していた。シロは九尾を咥えたまま首を振る。右に左にとそれを繰り返すとシロの牙はますます九尾の喉に食い込み、やがてその首からは真っ赤な血が滴り始めた。


「い、痛い、痛い、やめろ、やめるのじゃ。おい、天狐てんこれはやり過ぎじゃ。いいかげんにするのじゃ」

「ほほう、まだへらず口を叩けるのか。ならば続きは向こうでやるがよい。ただし貴様の申し開きなど聞き入れてはもらえぬだろがの」

「わ、わらわは滅びぬ、決して滅びぬ」

「九尾よ、今度こそしかと改心するがよい、さらばだ」


 あがく九尾にそう返すとシロは思いっきりの勢いをつけて九尾を上空に放り上げた。


「天狐よ、またいつかどこかで出会おうぞ。それまで勝負はおあずけじゃ――」


 そんな捨て台詞を残して九尾の身体からだは上空で金色の光となり、より一層の輝きと共に超高速で闇の彼方へと消えていった。

 そして九尾が無き後、ゆっくりと浮遊していた三人のメイドも徐々に速度を増して上昇し、やがては白い光の玉となってそれぞれ異なる方向に飛び去っていった。


「これで一件落着、もうハーレム男がよもぎを付け狙うことはなくなるんだよな。そうだよな、シロ」


 シロは口元についた九尾の血を前脚でぬぐいながらヒロキの問いに答えた。


「この男も既に抜け殻のようなもの。九尾が消えたことでこれまでの記憶もまた消えるであろう。もう心配は要らん、安心してよいぞ。それにしてもヒロキ殿もよもぎ殿もよくやった」


 ボロボロになって床に散らばる九尾のメイド服、その残骸の向こうからよろよろとなずながこちらに歩いてくるのが見えた。なずなは床に残された自分のものと思しき勾玉を手にしてシロの前にひざまずく。その姿はまさに満身創痍、メイド服はボロボロになり、切り裂かれて露出した地肌にもあざや血の滲みが見えた。

 そしてなずなは地にひれ伏してシロに懇願した。


「天狐様、お願いです、私を、私を……」

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