第65話 反故

 短剣を構える三人のメイドは九尾の号令一下、それぞれが床を滑るように蛇行する軌跡を描いてシロに迫り来る。


其方そなたら、許せ」


 シロは神妙な顔で目の前のメイドに太刀を振るう。右から左へ、左から右へとなぎ払って二人の胴をぶった斬り、残る一人は太刀を振り下ろして袈裟斬りにした。しかし斬られたはずの彼女らはあっという間に元に戻って何事も無かったかのように再びシロに襲いかかる。斬っても斬ってもすぐに蘇るそれはまるで幻影、しかしメイドたちが繰り出す短剣の突きは幻ではなくシロが太刀で払うたび確かな手応えが感じられた。

 三人が九尾に操られていることは確かだったが三位一体のコンビネーションは見事なもので、途切れることのない攻撃にシロは九尾への反撃すらままならない様子だった。シロは三方向からの攻撃を交わしつつ隙を見て後方に退くと、一旦太刀を下ろして左手で早九字はやくじを切る。しかしメイドたちは一瞬固まりはしたもののすぐにフォーメーションを組んで再びシロを狙う。攻撃の効果がないと悟ったシロはまずは防戦に徹して事態が好転するのを待つことにした。

 しかしヒロキは気づいていた、メイドがシロに刃を繰り出すたび九尾の首から下がる勾玉まがたまが点滅していることに。

 もしあれを破壊することができたらメイドの動きを止めることができるのではないか。ならばどうすればよいのだ。

 しかしヒロキ自身に為す術はなく、ここでは自分がまったくの無力であることを痛感するばかりだった。



 三人のメイドに苦戦するシロを余裕の体で眺めながら九尾は傍らに立つなずなに命じる。


「なずなよ、何をしておるのじゃ。れもその剣を持って早よう行くのじゃ」

「お屋形様!」


 口答えするなずな睨み返す九尾の眼力に負けじとなずなは気力を振り絞って言葉を続けた。


「お屋形様、私との約束は……約束は……」


 なずなのその言葉に九尾の態度が豹変する。それこそが九尾の本性なのだろう、眼光鋭く牙を剥くその姿は獰猛な肉食獣そのものだった。


「なずなよ、れは怨霊くずれの亡者の分際でわらわに命じるのか? 身の程をわきまえよ、この下賤げせんけがれが!」


 そう言うが早いか九尾はなずなに太刀を振り下ろした。左肩の激痛になずなの顔が歪む。


「うっ……」


 なずなは呻き声と共に肩を押さえてその場にうずくまった。


「安心せい、峰打ちじゃ。ここで戦力を失うわけにいかんからの。それ、れも彼奴あやつらに加わるのじゃ」


 しかしなずなは肩の痛みに耐えながらなおも九尾に食い下がった。


「お屋形様! よもぎさんを差し出せば私を解放してくれるとおっしゃられたあの言葉は……」

「あ? そんなこと言うたか、わらわがか? あ――あ――あ――そんなこともあったやも知れぬがなかったやも知れぬ……どうでもよいことじゃ」


 九尾はさげすんだ目でなずなをあざ笑う。


れは何じゃ? 行き場もなく彷徨うけがれのたぐいじゃったろうが。もしかりに、仮にじゃ、れがわらわから逃れたとしても再び穢れに戻るだけじゃ」

「そ、それでは私は……」

姦淫かんいんされ不浄の死を遂げ彷徨さまよい続けて穢れになりかけたれがまともに成仏できるとでも思っておったか。とんだお笑い草じゃ、カッカッカッカッ」


 高笑いととともにそう言い放った九尾は切っ先をなずなに向けて続ける。


「そうじゃ、ただひとつだけよい方法があるぞ。それはわらわの手にかかることじゃ。さすれば穢れに戻ることはない。ただし、成仏もできんがな」

「そ、そんな……それでは私は……」

「無となって消えくのじゃ。それでも穢れになるよりはマシじゃろうて。どれどれ、れの望みどおり天狐てんこの前にまずはれを片付けてやろうぞ」


 九尾が不敵な笑みを浮かべて太刀を構えなおすと、なずなも手にした短剣を握りしめて九尾を睨み返す。涙を浮かべながらも唇をぐっと噛みしめて覚悟を決めたなずなは短剣を前に出して九尾の懐に飛び込んだ。


「お屋形様、お覚悟を!」


 しかしなずなは無力だった。九尾は突き立てられた短剣をあっさりかわすと返す刀でなずなの背骨を太刀の峰で打ち据えた。そのあまりの痛みになずなは声にならない声とともに床に突っ伏した。


「愚か者めが、もう立ち上がれまい、そこに転がっておれ。天狐を片付けた後、しかと無にかえしてやるのじゃ」


 そう吐き捨てると九尾は戦いの場に目を向ける。そこでは三人のメイドが放つ攻撃に苦戦するシロの姿があった。


「よしよし天狐め、だいぶ息が上がってきておるようじゃの。そろそろわらわの出番じゃの」


 九尾は防戦する一方のシロを横目に余裕綽綽よゆうしゃくしゃくていでそう言うと、戦いを見守るヒロキとよもぎに目を向けてほくそ笑む。


「ふむ、天狐の目の前でまずは俗世の者どもを片付けるのも一興じゃのう」


 不敵な笑みを浮かべながら九尾はヒロキとよもぎに太刀を向ける。視界の端でその様子を察したヒロキは自分がよもぎを守らんと、両腕を広げて前に出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る