第64話 シロが手にしたその武器は

 九尾は素早い踏み込みとともにシロの喉元を狙う。そして即座に太刀を引いたならば続けざまに素早い突きの連打、喉元、右眼、右肩、再び喉元、まさに奔放と言わんばかりに繰り出される攻撃をシロはたった一本の短刀でかわし続けた。


「そりゃ、そりゃ、守ってばかりではわらわを倒すことはできぬぞ!」


 ついに突きの一打がシロの頬を掠める。シロは素早く後方に退いてその刃を避けたが、しかしその隙を九尾は見逃さなかった。突きの構えからシロを袈裟斬りにせんと太刀を上段に振り上げる。

 一方、反撃の機会を狙っていたシロもこの瞬間を見逃さなかった。短刀を持つ右手を九尾に向けてぐっと伸ばすとそのつばに親指を掛けてそれをグイと引いた。


「ボシュッ!」


 即座に発せられる鈍い射出音。なんとシロが握る短刀から刀身だけが発射されたのだ。研ぎ澄まされた切っ先が九尾の顔を目掛けて一直線に飛んでいく。


「うわおっ!」


 思わず声にならない声を発して顔を避ける九尾、両刃の刃先は彼女の白い頬を掠めて後方彼方に飛び去っていく。そしてその頬には一筋の赤い線が浮がび、そこからじわりと血が滲み出た。


「なっ、なんじゃそれは。あっ、危ないじゃろうが!」

「ふふ、これも余興じゃ。のう、九尾よ、楽しいであろう?」


 シロはまたもや小馬鹿にした口調でそう言うと柄のみになった短刀を投げ捨てる。床に転がった柄の先からは発射用のスプリングがだらしなく舌を出していた。

 シロが見せた一連の攻撃にヒロキは苦笑した。


「やっぱりそうだ、あれはスペツナズナイフ。シロって神様みたいな存在だと思ってたけど、いったいなんて趣味をしてるんだよ」


 スペツナズナイフ、それはかつてソビエト連邦の特殊部隊が装備していたと噂される武器である。ナイフと油断させておきながら柄に仕込まれたスプリングの圧力で刀身を射出して相手を殺傷するのだ。特徴ある形状とそのユニークさでしばしばアニメや漫画に登場することもあるが、その存在の真偽は疑わしいとも言われている。

 それにしてもまさかシロがそんなものを使うとは。呆れて開いた口がふさがらないヒロキの隣では初めて目にしたその光景によもぎが興奮の声を上げていた。


「シロさん、すごい、よもぎ感動しました!」

「感動って……よもぎ、ああいう武器は普通は悪役が……」

「まあよいではないか、ヒロキ殿。相手は下賤な野狐やこよ、その親玉をまともに相手することもなかろう。さて、エンタメの時間もそろそろ終わりにしてさっさとカタを付けるとしようか」


 シロは再び九尾を見据えながら右手を真上に上げて空を掴む仕草をする。するとその手には白い鞘の大太刀が握られていた。同時にシロの全身が眩しく輝きその出で立ちも以前に見た巫女服の白装束に変化へんげした。

 シロは大太刀を抜いて構える。


「さあ、九尾よ、観念するがよい」



 正眼に構える九尾のつま先は摺り足でシロに踏み込まんと隙をうかがっている。シロもまた九尾の一挙手一投足を見逃さんと瞬きひとつせずに見据えている。呼吸いきもできない程の緊張感を破ったのは九尾だった。


「先手必勝じゃ――!」


 その掛け声と共にシロの懐に渾身の突きを打ち込んだ。しかしシロはそれを太刀で受け止める。刃と刃がぶつかり合う鈍い金属音が闇の空間に響き渡る。シロと九尾との鍔迫り合いが続く。

 シロが九尾の刃を押し戻すと九尾は開いた間合いを利用して右から左へと太刀をなぎ払う。発せられる斬撃、シロはその衝撃波を太刀で受け止めると返す刀で九尾に斬りつける。

 まさに一進一退の攻防戦、それはまさに天狐と妖狐との力比べだった。鍔迫り合いに続いて九尾の太刀がシロの脛を狙う。シロはジャンプしてそれをやり過ごすと、そのまま間合いを開けずに上段から太刀を振り下ろす。九尾もまたそれを受け止めて再び鍔と鍔との交わし合いとなったが、シロは力任せに九尾を押し戻すとそのみぞおちにかかと蹴りをお見舞いした。


「げはっ!」


 呻き声とともに怯む九尾。シロは間髪入れずに相手のこめかみにハイキックをお見舞いする。見事命中、九尾は蹴られた勢いで床に尻餅をついたが、シロからの次の一手をかわさんとそのまま後方に転げ去った。

 九尾はその場に立ち上がると肩で息をしながらシロを指差して叫んだ。


「ええい、先の飛び道具と言い、今の蹴りといい、なんなのじゃ。天狐ともあろう者がいくらなんでも姑息なのじゃ!」


 二人の立合いを見ていたヒロキがまたもぼそりとつぶやいた。


「シロが今見せたあれはタイ捨流、最近そんなアニメがあったような……」

「ヒロキさん、ヒロキさん。そういうヒロキさんも詳しいですよね、その分野」

「あ、あれは風呂上りにたまたま流れてただけだ」

「あっ、それよりヒロキさん見てください、メイドさんたちが」


 よもぎが指差す先には短剣を手にしたメイドたちが九尾を守ろうとシロとの間に立ちはだかっていた。

 なずな以外の三人が生気のない目でシロを相手に剣を構えている。一番端に立つなずなは為す術なく戸惑い怖れ、ぎこちない構えの腕はぶるぶると震えていた。


「なずなさん、震えてる」

「なずなって、あの向かって一番左のメイドか?」

「そうです、よもぎをここまで案内してくれました。なずなさん、悪い人じゃないと思うんです」


 九尾は立ち上がって体勢を立て直すと吐き捨てるように言い放った。


「ええい、仕舞いじゃ、仕舞いじゃ。もうこの男の霊力もほとんど食い尽くしたわ。せめて生娘きむすめでもくれてやって最後のひと絞りを喰らってやるつもりじゃったが、最早それも叶わん。こうなったからには傀儡くぐつどもよ、今こそ盾となりてわらわに恩を返すのじゃ。刺し違えてでもあの者に一矢いっしむくいてやるのじゃ!」


 その言葉を聞いたなずなは剣を持つ手を下ろすと九尾に向かって叫んだ。


「お、お屋形様! 私は……私との約束は……どうなるのですか!」

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