第63話 フォックストロット

 シロがお屋形様に不敵な笑みを見せた瞬間、その全身が眩しく輝いた。そして光が消えたときシロは狐の姿から人の姿へと変化へんげしていた。しかしその出で立ちはヒロキの部屋で見せた巫女の白装束ではなく、お屋形様やメイドたちの中世ゴシック的なスタイルともまた異なる姿だった。それはまるでロボットアニメに登場するパイロット、全身を覆うぴったりとフィットした純白のボディースーツに身を包んだシロのその姿は、戦闘態勢でありながらも妖艶ようえんかつ蠱惑的こわくてきでもあった。

 真っ白なスーツの肘や膝には軽量なプロテクターが装着され、手首から肘にかけても刃を受け止めるための軽く硬質な手甲てっこうが装備されている。それら防具もまたスーツと同じく純白で、挑発的な曲線を描くその腰にある左右一対のホルスターにはそれぞれに短刀が収まっていた。

 シロはスーツの両手首にあるボタンを押す。するとスーツは身体からだにピッタリ密着してフィット感もいや増す。その様子を見ていたヒロキは気の抜けた顔でつぶやいた。


「シロ、それってひょっとしてロボットアニメか何かのつもりか?」

「フフ、これは以前に可憐かれんがテレビで見ていたのを真似てみたのだ。一度試してみたかったのだが、これはこれでなかなか動きやすくてよいものだな」


 そう言ってシロは九尾に向き直る、左右の短刀をホルスターから抜いて右手の一刀を相手に向けて出し、左手の一刀は防御を兼ねて顎の前で水平に構えた。


「どうだ、ヒロキ殿、似合うておるか?」


 シロはヒロキの顔を見てニヤリと微笑んだ。しかしその姿にすぐさま反応したのはよもぎだった。


「シロさん、めちゃかっこいいです。今度よもぎも……」

「よもぎ、お前どこでするつもりだ、あのコスプレを。メイドだけで充分だよ」


 そう言ってヒロキはよもぎをたしなめたが、しかしそんなよもぎの明るさのおかげだろうか、それともシロのバカげた演出によるものか、ここが異界でありなおかつこれから壮絶なバトルが始まろうとしているにも関わらず、そこに漂う空気にはどことなく緩さが感じられた。そしてそれはシロも同じ、余裕綽々よゆうしゃくしゃくていでなおも九尾の気を逆立てる態度を見せるのであった。


「さて、さっさと片付けてこの不浄の地からとっとと退散するとしようか」



 自分を小馬鹿にするシロの態度にお屋形様、すなわち九尾の苛立ちはいよいよ頂点に達し、その憎悪はどす黒い邪気となって彼女の全身から発せられていた。


「それはこちらの台詞じゃ。れらなんぞチャッチャと片付けて我が得物の錆にしてくれるのじゃ!」


 九尾は薙刀を右へ左へと振り回す。そのたびに斬撃が一波、二波とシロに襲いかかる。しかしシロはまるで軽業師の如く跳躍しては宙を舞い、手にした短刀で飛び交う衝撃波を払い退ける。そして右手の短刀のみで軽やかに攻撃を交わしながら九尾との間合いをじりじりと詰めていった。


「どうした九尾よ、長年に及ぶ幽閉で腕が落ちているのでないか? われはここまで貴様に近づいておるぞ。そら、気合を入れて踏み込めばわれを突けるぞ。そらそら」


 シロは挑発を続ける。怒り心頭の九尾は掛け声一発、そのまま一気に踏み込んでシロに刃を突き出した。


「キエ――――ッ!」


 シロの鼻面に突き出された薙刀の刃、それをシロはあっさりと見切ってまたもやジャンプしてかわすとそのまま突き出された刃先の上にヒラリと降り立つ。そして九尾に余裕の笑みを返すとそのまま後方に宙返りして着地した。


「すごい、すごい、すごいです、シロさん!」


 シロの戦いぶりを見ていたよもぎがピョンコピョンコと飛び跳ねながら興奮気味にエールを送る。その声に応えるようにシロは二本指で小さく敬礼して見せた。


天狐てんこよ、れはわらわを愚弄するのか――!」


 九尾は怒りにまかせて続けざまに空を薙ぐ。飛び交う斬撃をシロはその身を器用に反らせながら右手の短刀だけで払い続ける。九尾が続けて二度三度とシロに突きを浴びせると、シロはそれをも軽々と避けてはいなし、いなしては短刀で刃先を払った。

 やがて二人の間合いは詰まっていく。ついに九尾が渾身の突きを放ったとき、ここぞとばかりにシロは左手に持つ短刀でその刃をやり過ごすと相手の懐に入り込んだ。同時に右手の短刀を振り上げて突き出された柄を下から上に斬り上げる。九尾の薙刀は刃の付け根から見事に切断され、その刃は耳障りな金属音とともに床を回転しながら滑っていった。しかしシロが振り上げた右手の短刀もまた片刃だけが無残に刃こぼれしていた。


「ふむ、これはもう使えんのう」


 ひとりそうつぶやきながらシロは右手の短刀を無造作に投げ捨てる。床の上を滑ってヒロキの目の前で止まった両刃の刃先は確かに片方だけが欠けてボロボロになっていた。それを目にしたヒロキは特徴的なその形に見覚えがあるかのように小さな声でつぶやいた。


「この短刀って……まさか……」


 目の前に転がっている短刀は柄とつばが特徴的な形状をしていた。その柄はほぼ円柱で鍔には何か仕掛けのようなものが細工されているのだった。


「そう言えばシロは可憐が見ていたテレビを真似てみたって言ってたよな。ってことはこれもやっぱりその影響なのか……?」


 シロは左手に残った短刀を右手に持ち替えると得物の薙刀を失った九尾をなおも挑発する。


「のう九尾よ、次は何が出てくるのだ、そろそろ伝家の宝刀のお出ましか?」


 九尾は柄だけになった薙刀を投げ捨てると後ろで控えるメイドに再び命じる。


「太刀じゃ、わらわの太刀を持てい!」


 すると編み込み髪のメイドが両手で太刀を抱えてお屋形様こと九尾に献上する。九尾はもぎ取るようにしてそれを受け取ると鞘から抜いてシロを睨みつけながら中段に構えて深く息を整えた。


「天狐よ、その短いやいばでいつまでもしのげると思うでない。わらわも引けぬ、ここからは手加減なしじゃ。れも心して参るがよい」

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