第56話 再び猫の霊夢

 深夜、ベッドの中でヒロキはまたもやつま先に軽い痺れを感じた。それは徐々に膝から腿へと上がり、やがては身動きが取れなくなる。


「またか……」


 ヒロキは身体からだこそ動かなかったものの小さなため息くらいは吐くことができた。

 枕元にまたもや黒い影が浮かび上がる。固まる全身に意識を集中させて影を見ようと首を曲げたそのとき、ヒロキの頚椎がポキリと鳴った。それを合図に緊張が一気に解けて彼の身体からだは自由を取り戻す。ヒロキはゆっくりと起き上がると枕元の影に向かって言った。


「なあ、キジ丸。いちいちこういうのはやめてくれよ。普通に出てきてニャアとか言ってくれればそれで起きるし」

「そう言うなって。これはまあ、その、お約束みたいなもんだと思ってくれ」


 相変わらずの甲高い声とともにキジ丸は猫の姿で現れた。月明かりに照らされた二つの瞳が妖しく光る。いつの間にかヒロキの右隣にはダボっとしたスウェットに身を包んだよもぎが彼に寄り添うようにしてキジ丸の姿に目を凝らしていた。


「さっそく聞いたぜ、今日の武勇伝」

「武勇伝なんて……オレはド突かれて飛ばされただけだよ。神子薗みこぞののことも守れなかったし」

「まさかあの男があんたの彼女にまで手を出そうとしたなんてまったくの想定外だったよ。オイラの配下もヤバいと思ったんだろうな、それで彼女にちょっとした投げかけをしたってわけさ」

「やっぱり……てか、彼女じゃね――し」


 ヒロキはキジ丸の「彼女」という言葉を否定したが隣に座るよもぎがうれしそうに笑いかける。


「でもでも、ヒロキさんと可憐ちゃんならよもぎは応援しちゃいます」

「あのな、なんでそんな展開になるんだよ」


 ヒロキはよもぎを軽くたしなめるとキジ丸への問いかけを続けた。


「そう言えば神子薗が、男の声が聞こえた、なんて言ってたけどあれがそうだったのか?」

「お察しの通りさ。あのときすぐそばに猫がいただろ。ヤツはあのあたりじゃ顔役でさ、オイラは静観して結果を報告するように命じてたんだけどな、見るに見かねて助け舟を出したんだろう」

「そうか、その猫が神子薗を誘導したわけだな」

「誘導なんて大げさなものじゃない。ちょいと肩を押してやっただけさ」

「そんな能力があるってことはその顔役ってのもキジ丸と同じ猫又とかそういうたぐいなのか?」

「あいつもあれで結構長生きしてるからな、まあそういう能力のひとつくらい持ってても不思議じゃないだろうよ」

「そうだったのか……とにかく神子薗に代わって礼を言うよ。ありがとう」


 ヒロキはキジ丸に一礼すると、はだけた掛け布団を手にしながら言った。


「なんだかんだでキジ丸の思惑通りの展開かぁ……ま、とにかく明日は朝の八時に駅前で神子薗と待ち合わせなんだ、オレはもう寝かせてもらうぞ」


 ヒロキはふとんをかぶりなおして横になる。


「キジ丸、またね」


 よもぎもキジ丸に小さく手を振るとそのまま姿を消した。


「オイラもあんたがたの健闘を祈ってるよ」


 そんな言葉を残してキジ丸もまた再び黒い影となってやがて姿を消した。

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