第52話 ギブ・アンド・テイクだろ
猫又らしき存在であるキジ丸は二本足で立ったままぼやきにも似た話を始める。その顔は猫そのものではあるがヒロキとよもぎには彼がえらく困惑していることが理解できた。
「実はまだオイラの跡目が決まってないし、業務の引継ぎも終わってないんだ。こんな状態で死んじまっては後進に迷惑をかけちまう」
「業務だとか引継ぎだとか、なんだか人間の会社みたいだな」
ヒロキは笑って返した。
「あのなヒロキとやら、この世知辛い世の中でオイラたちが生き抜いていくのに最も重要なのは何だと思う?」
キジ丸はヒロキの答えを待たずに語り続けた。
「情報だよ、情報。オイラはそれを集めては必要な連中に提供しているのさ」
キジ丸の話は止まることなく続く。
「あんたらが考えている以上にオイラたちのネットワークは強力なんだ。こいつはオイラのアイディア、オイラ一代で築き上げたんだぜ。そんでもってこいつを後世まで残してやるのがオイラの務めだって思ってるんだ。ところがな、そうそういないもんなんだ適任者が。人材もとい猫材不足でな。とにかくどいつもこいつもみんなして食っちゃ寝、食っちゃ寝さ。まあ、猫だもんな」
キジ丸はここまで一気に語ると二人に向かって頭を下げた。
「ちょいと自分語りが長くなっちまってすまなかった。とにかく礼を言わせてもらいたくてな。ありがとう、ほんとうにありがとう。あんたらがあの婆さんに伝えてくれなかったらオイラは
その話を聞いたよもぎは膝立ちでベッドの上を進んでキジ丸に手を差し伸べると、その頭をやさしく撫でた。
「よかった。よかったねキジ丸」
「こ、こら、霊体め、気安く触るな。は、恥ずかしいだろ」
そうは言いながらもキジ丸はゴロゴロと喉を鳴らす。そしてよもぎに頭を撫でられながらも感謝を続けた。
「とにかく、あんたらはオイラにとって恩人だ。延命でしかないとは言え現体制を維持していくための時間は稼げる。本当に助かった」
そう言ってキジ丸はよもぎの手を払いのけると背筋を伸ばして片膝をついて
「オイラの名にかけて配下の
「オレたちが追ってるあの男って、何でそんなことを知ってるんだ?」
「それが情報社会ってもんさ」
キジ丸は二本足で立ったまま胸を張って見せた。
「さて、それでは早速あんたがたにとって有用な情報を提供してやろう」
キジ丸はヒロキの目をまっすぐに見据えながら続けた。
「あんたらがハーレム男って呼んでるあの男のことなんだがな、パチスロ店をあたってみるといい」
キジ丸は直立することに少々疲れたのかその場でゆっくりと香箱座りになると、ペロリと舌なめずりをしてから小さなあくびとともに続けた。
「あの男はS町に住んでるんだが、毎日のようにひとつ隣のN市駅までやってきてはパチスロ三昧さ。まったくご苦労様なこった」
キジ丸は吐き捨てるようにそう言うと再びヒロキとよもぎを見つめた。窓から漏れる淡い月明かりでキジ丸の目が青く輝く。同時に老猫の表情が妖怪じみた険しい顔に
「オイラが許せないのは、あの野郎、負けるたびその腹いせに当たり散らすんだ。何匹かの猫がやられてる。過去にはとばっちりを受けて死んじまったのもいるんだ。この間も油断した子が一匹蹴り上げられてな、幸い命に別状はなかったが」
「ひどい……」
よもぎは口に手をあてて搾り出すような声を上げた。
「そういうわけで、あんたがたにとってもオイラたちにとってもあの男は共通の敵なんだ。だからこっちはできる限りの情報を提供する。その代わりあんたがたはあの男をなんとかする」
「そんな……なんとかって言われても……」
腕力もなければ可憐のような霊能力もないヒロキは途方に暮れるもののキジ丸はそんなことなどお構いなしに続けた。
「あんたには強力な助っ人がいるじゃないか、そこの霊体なんかよりもずっと凄いのが。あんたがたはその強いのといっしょになってあの男を成敗する。どうだ、これこそまさにギブ・アンド・テイクってやつだろ、人間風に言うならば。とにかく期待してるぜ」
キジ丸は最後に一方的にそう言い残すと再び黒いシルエットと化して溶けるように消えていった。
残されたヒロキはブツブツ言いながら指を折って数えてみた。
「ちょっと待てよ。最初によもぎがあの猫を助けただろ。で、猫はお礼の代わりに情報を提供するって言ってたよな。それで今度はオレたちがハーレム男をやっるけるんだろ。おい、これって帳面が合わないんじゃないか?」
深夜の暗いベッドの上でヒロキはよもぎに問いかける。しかしよもぎもまた首を傾げるばかりだった。こうして二人はしばしの間、釈然としない気持ちで顔を見合わせるのだった。
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