第48話 共通点

 ヒロキと可憐かれんは自分たちで考案したプランに従ってあの男の探索を続けていた。学内カフェテリアの片隅の小さな二人掛けテーブルでプリントアウトした地図を広げる。そこには二つの小さな丸印と三つの三角印が書き込まれており、それぞれの印の下には日付と時刻が書き込まれていた。


「ねえ太田クン、よくよく考えてみると私たちが探索を開始してからプロットできたのって三角印が一つだけよね? それ以外は以前に遭遇した結果、思ってたよりも効率が悪いわね」


 今日は自販機の紙コップではなくカフェテリアのコーヒーカップを手にして、可憐は地図を見ながらため息をついた。


「確かに神子薗みこぞのの言うとおりだ。思っていたほど伸びないし、それにたったの五例じゃ結果分析のしようもないな」


 ヒロキも印がプロットされた地図を眺めながらぼやきにも似た言葉を発していたが、ふと何かに気付いたのか地図上の印を見くらべ始めた。


「ひょっとすると……なあ神子薗、事例が少ないから確信は持てないんだけど、この印、唯一オレたちの探索でプロットしたこの場所なんだけどさ」


 ヒロキはそう言ってプロットされた三角印の一つに指を置いた。彼が指差すその場所は駅の東側、駅前の中心部から少しはずれた交差点だった。


「これを見てくれよ、確かこのビルの地下には喫茶店があるんだ」


 ヒロキは地図から顔を上げ可憐を見ながら、あくまで推測であると前置きをしながら自分の考えを説明した。


 よもぎが最初にあの男の気配を感じた場所は駅ビルにあるスーパーマーケットのエントランス付近だった。その後、ホワイトデーに可憐とともに遭遇したのも同じ場所だったが、あのときあの男はかなり強いたばこの臭気を身にまとっていた。

 次に気配を感じた雨の夜は確証がないため除外して、その翌日に自転車であの男と遭遇したのはたばこ店に用意された灰皿の前だった。そして今ヒロキが指差しているビルにある喫茶店はN市駅前でも古い店のひとつで、ここも最近では数少ない終日たばこがえる喫茶店 (注)だったのだ。


「たばこかぁ……なかなか冴えてきたわね、太田クン。ところで除外したこの場所はどうのなのかしら」


 そう言って可憐も地図上の印を確認するためにテーブル身を乗り出した。艶のある整った黒髪がヒロキの目の前に迫り、その長い髪が地図の上にさらりと垂れる。可憐はその髪を素早く搔き上げると自分のスマートフォンの地図アプリでプロットされた場所周辺のマップを表示する。そしてピンチアウトして拡大しながら周囲に喫煙できる場所がないかを調べてみた。


「太田クン、ちょっと見て。あの雨の夜によもぎちゃんが気配を感じたって言うこの場所、このすぐ脇にもカフェがあるわよ」


 可憐はスマートフォンの画面をヒロキに見せる。するとヒロキは小さいながらも驚きの声をあげた。


「あっ、ここ、えるよ。える店だよ!」


 ヒロキは自分のスマートフォンを忙しく操作して飲食店の口コミサイトを検索すると、その店の情報を可憐に見せた。


「この店ってオレが生まれる前からあるんだ。オープン当時からの常連さんが多くてさ、彼らの多くは喫煙者なもんだからなかなか禁煙にできないって話を聞いたことがある」

「と言うことは……よもぎちゃんが感じたあのとき、あのキンパツ男はそのお店にいたのかも知れないってことね」

「そうかも知れない。それにオレたちで見つけたこの三角印のところもだ」


 ヒロキと可憐は互いに顔を見合わせて頷いた。


「これで決まりね。共通点は『たばこ』よ」

「そうだな、これで条件をかなり絞れるから探索も効率アップできそうだ」

「でも……ふふふ」


 可憐は突然ひとりでくすくすと笑い出した。


神子薗みこぞの、どうしたんだよ、急に」

「ごめんなさい、笑う場面じゃないのはわかってるんだけど、つい」

「何かヘンなとこあったか?」


 可憐は首を横に振りながらヒロキの問いに答えた。


「私も見たわ、あのキンパツ男を。いかにもアウトローって感じだったし、正直ちょっと怖かったわ。それより何より後ろにいてるあの女性たちのことを思い出すとね。でもたばこは喫煙コーナーとかお店の中でってるっていうのが、なんかちょっと可笑おかしくて」


 そう言って可憐は残ったコーヒーを一気に飲み干して喉を落ち着かせた。


「あの見た目に反して、妙なところで律儀なヤツだと思わない?」

「確かに。見た目は几帳面からは程遠い風貌なんだけどな。でもおかげであいつへの傾向と対策ってのが見えてきたよ」

「それなら太田クン、来週からの連休を生かさない手はないわ。ここは的を絞って一気にデータを集めるってのはどう?」

「来週って……いいのか? せっかくの連休なのに」

「問題ないわ。それに私も気になってるし、ここまで来たらとことんつき合ってあげるわよ」

「ありがとう。神子薗が手伝ってくれるなら心強い。よし、さっそく来週のスケジュールを立てることにしよう」


 すると今までおとなしかったよもぎの声がヒロキの頭の中に響いた。


「ヒロキさん、ヒロキさん。いい展開になってきましたね」


 いつもの自分の台詞をよもぎに言われてしまったヒロキだったが、ひとりニヤリと笑みを浮かべて「まさにその通りだな」とつぶやいた。



 注:本作初版を執筆当時は東京都内の飲食店、遊技場などでも喫煙は可能でした。

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