第46話 積極的回避計画

 新学期の学内カフェテリアは新入生やそれを狙った部活動の勧誘などでごった返していた。ヒロキと可憐の指定席となっていたいつものテーブル席も四人の女子学生による華やかな談笑の場となっていた。

 さて、どこにいるのだろうか。ヒロキが可憐かれんを探してキョロキョロしていると頭の中によもぎの声が響く。


「ヒロキさん、ヒロキさん、シロさんの気配を感じます。えっと、そう、向こうの奥の方です」

「まったく、よもぎもあの男もまるでレーダー探知機だな」


 ヒロキがいつもとは反対側の一番奥に目を向けると、小さな丸テーブルの席に見慣れた黒髪が見えた。はたしてそこでは可憐がいつものようにコーヒーの紙コップを前にして講義ノートを読み返していた。


「おはよう、神子薗みこぞのは朝イチで講義だったのか」

「三年生になった途端に必修科目が一時限目なんて、ほんとに厳しいカリキュラムだわ」


 可憐は小さなため息混じりにノートを閉じた。


「三年生になると専門科目も増えるしやることがてんこ盛りだからなぁ。オレも先月までは大変だったよ」


 ヒロキは可憐の向かいの席にバッグを置くといつものように自販機の前に立つ。


「それにしてもカフェが営業開始してるのに相変わらず自販機のコーヒーだよな、オレたち」

「確かにそうねぇ……なら次からは場所代ってことで最初の一杯目はカフェのコーヒーにするのはどうかしら」


 挨拶代わりの軽い会話に続いてヒロキは昨晩と今朝の二回あの男との接近があったことを可憐に報告した。


「五〇メートル? そんな距離から引き寄せを使うなんて……やっぱりあの男、シロが言う通りかなり厄介な相手ね」

「ところで話はそれで終わりじゃないんだ」


 ヒロキは独断であの男に接近してみたことも可憐に報告した。特に速度に関するヒロキの見解には可憐も驚きの表情を隠せなかった。


「それにしてもかなり思い切ったことをしたものね。でも速度かぁ……私にその発想はなかったわ。太田クンのこと、ちょっと見直したかも」


 めずらしく自分を褒める可憐の言葉に照れくさそうな顔を見せながらヒロキは話を続けた。


「あいつの探知能力が速度の速いものには及ばないと仮定した上でオレにちょっとしたアイディアが浮かんだんだ。神子薗みこぞの、聞いてくれるか?」


 そう言ってヒロキは可憐に自分の案を説明した。それはこちらから男を探索しに行ってよもぎが気配を感じたならばその場所と時間を地図上にプロットしていくというものだった。

 ヒロキはよもぎが依り代とするスマートフォンとともに自転車でN市駅周辺を移動する。よもぎが「あのいやな感じ」を感知したならば場所を探索して速度を上げながらその方向に向かう。もしそこであの男を目視できたならば地図上に丸印と日付、時刻を記入する。しかし見つけられずに気配が消えたならば丸印ではなく三角印を書き込む。こうして集めたデータを積み上げることにより男の行動範囲とパターンを把握しようというものだった。


「なるほど、これこそ積極的な回避策、いい作戦ね。それで太田クン、私はどう協力すればいいのかしら?」

「その言葉を待ってたよ、実はちょっとアテにしてたんだ。オレとよもぎが気配を感じたらその場所と時間を報告するから神子薗はそれを地図の上にプロットして欲しいんだ」

「いいわ、了解よ。バックヤードスタッフをしっかり務めさせてもらうわ」


 可憐は快諾した上で自分からも提案した。


「駅周辺を自転車で回るのならば一時間もあれば十分よね。だから一時間を一ターンとして朝、昼、夕方それに夜の四ターンで計画を立てるのはどうかしら。太田クンのゼミや就活の予定、私の時間割を見ながらスケジューリングすればいいし」


 可憐はトートバッグからレポート用紙を取り出すと縦軸に午前、午後、夕方、夜の四項目を、横軸に月曜日から日曜日までの曜日を書いたマトリクス表を書いた。


「さあ、ここにそれぞれの予定を記入すればいいわ」


 ヒロキと可憐はそれぞれ行動可能な箇所に名前を書く。その結果、夜ならばほぼ毎日が可能だが午前中は講義がない週末にしかできないことがわかった。


「まずはできるところから始めましょう。午前中のチェックについては当面は休日や休講日にやればいいわね」


 ヒロキは可憐が作った計画表をメモ代わりにスマートフォンで撮影する。


「よし、早速行動開始だ」

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