第44話 ありがとう、シロ

 午後九時、ヒロキと可憐はN市駅のターミナルでバスの到着を待っていた。

 よもぎは後片付けの後、疲れたと言ってヒロキのスマートフォンの中に消え、シロも食事が終わるといつの間にか可憐の木珠ネックレスの中に消えていた。宴の余韻を胸に残しながら二人はバスを待つ。


「今日はほんとうにありがとう、とても楽しかったわ」


 安らかに微笑む可憐の頬を駅前ロータリーに集まるタクシーのテールランプが赤く照らしていた。


「こちらこそ。でもホワイトデーのディナーが鍋じゃ自慢にもならないな」


 ロータリーをぐるりと半周したバスが二人の目の前に滑り込んで来る。発車時刻になって可憐は乗車ステップに片足をかけながらヒロキに振り返った。


「太田クン、とにかくあいつには気をつけて。しばらくはできるだけ人通りの多いところを歩くようにして」

「わかってる。今日はこいつで速攻で帰るよ」


 そう言ってヒロキは自転車のハンドルをポンポンと軽く叩いた。

 発車のアナウンスとともにドアが閉まりバスは車体を揺らして動き出す。車窓にヒロキを見下ろす可憐の姿があった。そしてその目は姿が見えなくなるまでずっとヒロキのことを追っていた。


 バスが幹線道路に出ると可憐は車の揺れに身を任せながら心の中でシロに語りかけた。


「ねえ、シロ。最初なかなか質問に答えてくれなかった理由がわかった気がするわ」


 シロからの返答はなかったが可憐はそのまま続ける。


「自分たちで考えろ、自分たちで答えを出せ、ってことだったのね」


 その言葉に応えるように可憐の心は温かさに包まれた。


「私、あの子たちとの時間を大切にしたいと思ってるの、今までになかったこの心地よい関係をね。これからも三人で頑張ってみるわ。だからシロ、シロも私たちを見守っていて」


 可憐の心の中が再びほんのりとした安堵で満たされる。それはとても心地よい気分だった。


「ありがとう、シロ」


 可憐は小さくつぶやいた。


 午後九時半、バスは可憐が住む街に到着する。この時間になってもまだ駅前の商店街は酔客や帰宅ついでの買い物客で賑わっていた。可憐は自宅で待つ母親にメッセージを送ると、心地よい余韻に満たされながら商店街の雑踏の中に消えていった。

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