第41話 だから戦いましょう

「誘導のことはわかった。ところでもうひとつ気になったことがあるんだ。あの男、あの金髪の男のことなんだけどさ、神子薗みこぞのはあのときえらく驚いてたみたいだったけど、あれは何だったんだ?」

「それは……とてもいやなものを見ちゃったのよ」


 可憐かれんは眉をひそめて肩をすくめると、すぐに大きなため息をついて続けた。


「私はだってことは以前にも話したわよね」


 可憐はヒロキと初めて会ったときに自分の能力のことを話している。その後もエクササイズの合間など折に触れては自分の過去の話をヒロキとよもぎに聞かせていた。可憐には霊体や異形いぎょうの何かが見える能力があり、その能力は今も衰えていない。しかしその能力には見えたものをはらうことができないという欠点があった。シロによる庇護はあるがそれはあくまでも防御であって、除霊や浄霊などの積極的な問題解決をすることはできないのだった。


「見えるけれど祓えない。これってとても恐ろしいことなのよ。私にできることは見えてしまったら速やかにそれを避けること、それしかないの。万一のときはシロが護ってくれるけど、私は私でなるべくシロのお世話にならないような行動を心掛けているの。まさに君子危うきに近寄らず、ってことね」


 そしてスーパーでの光景を思い返した可憐の顔が再び不快にゆがむ。


「あのとき私には見えたのよ。あの男、あいつのまわりには女の人がいたわ」

「女の人?」

「そう、それも四人よ……ああ、あの人たちの顔、思い出すだけで寒気がするわ」


 可憐はそのときの光景を語りだした。男がヒロキの前に立ちその全身を舐め回すように見ていたそのとき、男の背後に四人の女性の顔が浮かび上がったのだ。それらは男の肩のあたり左右に一人ずつ、腰の辺りにも左右一人ずつ浮かんでいた。そして男の身体からだを包むように黒いぼんやりとしたもやが浮かび、そしてそれは四人の顔をも蹂躙するかのように包み込んでいたのだった。


「あなたたちは波長が合っているからいくらかは楽なんだけど、それでもつながりを意識してそれを保つには何らかの力、霊力とでも言うのかしら、そう言う力を使うはずだわ。特によもぎちゃん、エクササイズの成果があってもやっぱり長時間の実体化はかなり疲れるでしょ?」


 可憐の言葉によもぎは深く頷いた。


「波長が合っているあなたたちだって消耗するのにそれを四人よ、それも蹂躙するかのように。そんなことができるのってかなりの力の持ち主よ」


 そして可憐は吐き捨てるように言った。


「私、あんなの初めて見たわ。そしてもう二度と見たくない」

「あのとき、あいつは声に出さなかったけど『よもぎ』って言ってたんだ。その前には、おもしろいものを持ってるな、なんて言ってたんだ。あいつのターゲットは間違いなくよもぎだ。きっと五人目として取り込もうとしてるんだろう。でもどうしたらいいんだよ、オレたち」


 ヒロキはそう言って困り果てるが可憐にもこれと言った解決策は思い浮かばなかった。


「やるべきことは逃げるか戦うかのどちらかしかないわ」

「戦うったって……オレには何の能力もないぞ」


 するとよもぎがいつものにこやかな顔をヒロキに向けながら言った。


「でもでも、ヒロキさん。あのいやな人の前のヒロキさんもいつもとちょっと違ってましたよ」

「何を呑気なこと言ってるんだよ。あのときはマジでヤバかったんだ。もうギリギリだよ、こっちは腕力に自信があるわけじゃないし」

「とってもカッコよかったです、あのときのヒロキさん。だから……だからきっと大丈夫ですよ」

「大丈夫ってなにがだよ」

「だから……戦いましょう!」

「ええっ!?」


 ヒロキと可憐は口を揃えて叫んだ。


「おい、よもぎ。何を根拠にそんなことを」

「そうよ、よもぎちゃん。あの相手は危険すぎるわ」


 よもぎは屈託のない笑顔で続けた。


「もちろんほんとにたたかうんじゃなくて、相手のことを調べるんです。そうすればヒロキさんもあの人にできるだけ遭わないようにすることができます」

「確かに」


 ヒロキと可憐はまたもや口を揃えて頷いた。


「なるほど、よもぎの言うとおりかも知れないな。逃げてばかりじゃ息が詰まりそうだ」

「私もその意見に賛成だわ。まずは相手を知る、その上で先手を打って逃げる、ってことでしょ?」

「積極的回避策とでも言うのかな、こういうのって。よし、そうと決まったら飯を食いながらの作戦会議だ……っと、その前にまずは鍋の準備だな。今日はオレがやるからよもぎはそこで神子薗いっしょにいてくれ。なにしろ今日の神子薗はお客様なんだから」


 キッチンに立って土鍋を準備するヒロキは居室の二人に向かって声をかける。


「鍋でも囲めばシロも出てきてくれたりしてな」

「ほんとにそうだといいわね。漫画みたいだけどそんな展開もありかもね」


 そう言って可憐はヒロキの口ぐせを真似て微笑んだ。

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