第40話 よもぎだけが知っていた

「そろそろ説明してくれよ。さっきスーパーでシロにやられたなんて言ってたけど、シロは君を守ってくれてるんだろ、味方なんだろ?」

「それが私にもよくわからないのよ。シロ本人に聞ければ話は早いんだけどね」


 可憐かれんは二人を前にしてこれまでに経験したシロによる誘導の例のいくつかを紹介した。それらはいずれも彼女を守るためという点では共通していた。しかし今回はあの男との遭遇を回避するためではなくむしろ遭遇させるための誘導だった。こんなケースは初めてである。なぜそのようなことをしたのか、可憐はシロの真意を測りかねていた。


「ところで神子薗みこぞのはあの男が去った後で誘導に気付いたんだよな。それって君自身に何かサインとか知らせみたいなのがあったってことなのか?」

「誘導されてるときってそれに気付かないのよ。後になって、なぜ、って気持ちになることがあるくらいかしら。でも今日のは、そうねぇ、キバヤン先輩が去ったあたりからかしらね」

「大学にいたときからか?」

「おそらくね。実は今日私が考えてた課題はこれまでやってきたことを実体化してではなく半透明な状態で試してみることだったの」


 学内カフェテリアの混みようを見た可憐は今日のエクササイズをどこで行なうかをすぐに考え始めた。半透明での試行は実体化してのそれよりもずっと不安定で様々な干渉を受けやすい。シロが護ってくれるとは言えよもぎにかかる負担はそれなりに大きく、それに可憐ではなく彼らのためにシロがどこまで協力してくれるかも彼女にとっては未知数だった。


「だから私は伯父おじのお寺の本堂がいいかなって考えてたのよ。あそこなら外部の干渉は受けにくいし広さもあるからおあつらえ向きだと思ったの。そうは言っても、もし伯父のところに太田クンを連れて行ったら行ったでまた別の干渉があったでしょうけど」

「別の干渉?」

「キバヤン先輩と同じよ。ただでさえあの伯父は私を実の娘のように思ってくれてるし、そこに太田クンを連れて行ったならばきっと根掘り葉掘りな……まあ、それはさておいて、とにかくあのときの私は自分の意に反して屋外でのエクササイズを提案したわ」

「だからオレは駅前の芝生広場で……」


 可憐はヒロキの言葉を遮って続けた。


「そうじゃないのよ。人が少ないってことだけならば学内のどこか他の場所もあったでしょうし、屋外にしたって大学の向こうにあるお濠端ほりばたでもよかったのよ。何も太田クンの地元まで来なくても」

「なるほど、確かに言われてみれば」

「シロの結界で護ってもらえるとは言え、初めてのエクササイズでそんなリスクを負うような選択、いつもの私ならしないわ。そして太田クンは私をここに誘った。私もそれを受け入れた」


 そのとき、よもぎが待ってましたとばかりに話に加わった。


「そうなんです、そうなんです。よもぎもあのとき、いつもの可憐ちゃん、いつものヒロキさんとちょっと違うなって感じたんです」


 ヒロキと可憐は次の言葉を待つように揃ってよもぎの顔を見る。


「あっ、よもぎ、今思い出しました。キバヤンさんがヒロキさんにホワイトデーの話をしたじゃないですか。あのあたりからです、ヒロキさんも可憐ちゃんもなんとなくいつもと違う感じになったのは」


 ヒロキと可憐はよもぎからの思いがけない話に互いの顔を見合わせた。


「あのときのヒロキさんって自分から可憐ちゃんを引っ張っていく感じで、そういうのがいつもとなんか違うな、って。どうしちゃったんだろうって」

「オ、オレはいつものオレのつもりだったよ」


 ヒロキはそう返したが、よもぎは首を左右に振ってヒロキの言葉を否定した。


「ううん、違います。練習のときいつもならヒロキさんは可憐ちゃんの言うとおりにします。でも今日は何をするにもヒロキさん、自分からだったじゃないですか」


 ヒロキは腕組みをして自分の記憶を思い出さんと天井を仰いだ。そして可憐は再び説明を続ける。


「ただでさえまだまだ未熟なあなたたちを屋外で、それも半透明にさせるなんて危険極まりないはずなのに、太田クンの変化に気付くこともなく私は提案に同意してしまった。そしてN市駅まで来た上に、ここにまで来てしまった」

「来てしまったって……そんな……」


 ヒロキは少しばかりの困惑を見せたが可憐は決して彼を否定しているのではないと手を左右に振って続けた。


「食事のお誘いは嬉しかったわ。とても新鮮な気分だし、楽しみよ。でもね、もし芝生広場であきらめてあの場で解散していたとしたら、あの男と遭うことはなかったと思わない?」

「ってことは、シロの誘導の目的ってのはやっぱオレたちをあいつに遭わせるってことだったのか」

「そう考えると辻褄が合うのよ」

「なぜ、どうして」

「だから……それは……私だってシロの考えを聞きたいのよ」


 そしてそのままヒロキと可憐は黙り込んでしまった。すると二人の沈黙を破るようによもぎがちゃぶ台に身を乗り出した。


「だから……だからよもぎはずっと心配で、ヒロキさんも可憐ちゃんもどうしちゃったんだろうって。これはよもぎがなんとかしなくちゃって、でもどうしたらいいのかわからなくて」

「よもぎちゃんは第三者的な視点で微妙な変化に気付いていたのね。うまく考えがまとまらなかったのは、シロから何らかの影響を受けてたからかも知れないわね」


 可憐に続いてヒロキも思い出したように話し始めた。


「そうか、大学を出るときも、神子薗を夕食に誘ったときも、スーパーの前でも、ずっとよもぎの様子がヘンだったのはそういうことだったのか。オレはそれをいじけてるなんて勘違いしてたわけだ。まったく間抜けな展開だよ」


 ヒロキは自分自身がまんまとシロの意のままに操られたことで今日初めて誘導の凄さを思い知らされたのだった。

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