第39話 神子薗可憐のお宅探訪
ヒロキと
「今日はいないなぁ……いつもなら猫がいるんだ、キジトラで人懐っこいのが。そこのお向かいさん
ヒロキはこの重苦しい雰囲気をなんとかしようと努めて明るく話してはみたものの可憐もよもぎも相変わらずだった。そしてヒロキが指さした向かいの家のまさに真向いにあるのがヒロキが住むアパートだった。
「何もない部屋だけど、遠慮しないで上がってくれ」
「それでは、お邪魔します」
可憐は緊張の中にも少しばかりの期待も感じながら小さな玄関に立った。手入れが行き届いた小ぎれいなキッチンを見ながら居室の前へ、初めて足を踏み入れたヒロキの部屋に興味津々な可憐の表情には幾分の明るさが戻っていた。
「へえ、案外片付いてるのね」
「そりゃそうさ。ひとり暮らしってのは家事をさぼると大変なんだから」
「太田クン、まさかよもぎちゃんにやらせてるんじゃないでしょうね」
「そんなことはないって。掃除、洗濯、その他家事全般はオレがやってるし。よもぎは料理とキッチン周りだな。今ではあそこいらは完全によもぎのテリトリーだよ」
「ほんとに家族って感じね。それに太田クンもちゃんと
感心して部屋を見渡す可憐の上着をヒロキが受け取ってハンガーに掛けているちょうどそのとき、目の前にいつもの部屋着姿でよもぎが姿を現した。
「ようこそ可憐ちゃん。狭いところだけど、ごゆっくり」
「おいおい、よもぎ、いくらなんでも……まあ、確かに狭いけど」
「でもでもヒロキさん、よもぎ、なんだか楽しくなってきました」
「そっか、そりゃよかった」
「可憐ちゃん、可憐ちゃん。さあさあ、こちらにどうぞ。よもぎ、すぐにお茶を入れますから」
よもぎはまるで自分の部屋のように可憐を迎え入れると、すぐにキッチンでお茶の準備を始めた。それを横目にヒロキがお決まりの場所に座ると、向かいに座る可憐がちゃぶ台に両手をついて身を乗り出してきた。
「ねえ、太田クン。よもぎちゃんってかわいいわね。制服姿じゃない彼女、初めて見たわ。あのダボっとしたスタイルは太田クンの趣味?」
いきなり顔を近づけてきた可憐にいつもの
「な、なに言ってんだよ
「ふ――ん、でもこういうのって二人のプライベートを覗いてるみたいでなんだか気恥ずかしいわね。でもよもぎちゃん、いつもの元気が戻ったみたいでよかったわ」
「そうだな。まずはひと安心だな」
キッチンで楽しそうに準備するよもぎの姿にヒロキも可憐も緊張感から解放されて今ではすっかり安らいだ気分になっていた。
「ふふふふーん、ふんふふーん」
キッチンからいつものよもぎの鼻歌が聞こえてくる。
「ねえ、太田クン。あの歌は?」
「あれはよもぎがご機嫌のときによく歌ってるんだ」
「へえ、なんて曲?」
「それがわからないんだ。よもぎもあのフレーズ以外は覚えてないんだってさ」
「確か記憶がないのよね、彼女」
「ああ、はっきりと覚えてるのは自分の名前と高校生だってことくらいかな。でもいくつか断片的な記憶はあるらしいんだ。例えば、得意な料理のレシピとか、かつての生活習慣の一部だとか。でもそれ以上はさっぱりらしい」
「ふ――ん、もしかすると思い出したくない何かがあるのかも知れないわね」
「ああ、だからオレも無理に思い出させるようなことはしてないんだ……あっ、そういえばもうひとつ」
今度はヒロキが可憐の前に身を乗り出して続けた。
「ここに来る前は大ケヤキ神社にいたってことは覚えてるらしいんだ。そもそもオレとよもぎがこうなったのも、あの日オレが神社に行ったからなんだよな」
ヒロキはよもぎに聞こえないよう声を潜めながら初めて出会った日に起きた一連の出来事を可憐に説明した。
「大ケヤキ神社かぁ……」
「とにかく神社にはあまりいい記憶がないみたいでさ、あそこには戻りたくない、波長が合ったオレとここにいたいってことになってさ」
「それで太田クンも彼女を受け入れたわけね」
「まあな。最初はかなり戸惑ったけど」
ヒロキと可憐の会話が途切れたちょうどそのとき、ポットとカップを載せたトレイとともによもぎがこちらにやってきた。
「さあさあ可憐ちゃん、紅茶をどうぞ。お徳用パックで申し訳ないんですけど」
「おいおい、よもぎ。何もそんなこと言わなくたって……」
「ありがとう、二人とも。いただくわ」
こうして三人がちゃぶ台で一段落したのを見計らってヒロキが今日これまでの出来事について切り出した。
「ところで、
「誘導のことかしら?」
可憐はヒロキからその問いかけが出るのを待っていたのだろう、その顔に笑みを浮かべながらすぐに反応した。
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