第38話 紫の煙
一九七〇年代、オイルショックによりこの国の高度成長期は終焉を迎えた。その頃に建てられたであろう古ぼけたマンション、エレベーターのない五階建ての最上階にある一室では毎夜のごとく
たばこの煙とヤニでくすんだ天井と壁、無造作に取り外された照明器具に代わって
男はベッドの前に立ち、その前には妙に落ち着いた様子で男を見上げるように立つ女性がいた。男は苛立ちを抑えながら女性に向かって威圧的な態度で言う。
「なあ、お
男はたばこの匂いと病的な口臭の混じった息を吐きながら目の前の女性に向かってさらに続けた。
「あんたのお人形さんたちにはよ、いい加減もう飽きちまったんだよ。早いとこあれを連れて来いよ、ここによ」
女性は男の威嚇するような口調に怯むことなく、にやりと笑みを浮かべながら両手で男の両頬を包み込むように撫でる。そして白くしなやかな指でその耳にかかる乾いた金髪をかき上げながら諭すように言った。
「今しばらくの辛抱じゃ。黙っていても向こうからこちらにやって来よる。
女性の言葉が終わる前に男は自分の顔を女の顔に擦り付けんばかりに近づけて腹立たしそうに歯軋りをしながら言葉を搾り出す。
「俺はよお、もう待てないんだよ。早く欲しいんだよ、何も知らない手垢のついてない小娘をよ。泣いて
そして男は女性の絡みつく手を振り払うと天井を仰いで妄想に耽る。
「それでよ、恐怖と快楽で俺の言いなりにしてやるんだよ。俺専用の奴隷ってやつによ。あんたのお人形なんかよりも楽しめるだろ? な? ヘヘヘヘ……」
そんな男を突き放すような冷たさで傍観しながら女性は右手の親指、人差し指、中指の三本の指で
「まったく……我慢のきかん、お子じゃのお」
女性はその指を男の鼻面に差し出してゆらゆらと揺らす。
「さあ、これが
切れ長の目に光る女性の真紅の瞳の前に、まるで牙を抜かれたかのように従順になった男は女性の指先から立ち上る紫煙を深く吸い込む。すると途端にその目はうつろになり半開きとなった口元から黄ばんだ歯を覗かせながら、男の
お
女性は酩酊する男をそのままにして一歩後ろに下がると姿勢を正してポンポンと軽く手を叩いた。すると揺れる男の背後から一人の女性が現れ男の右に立つ。間を空けずにもう一人が男の左に、そしてもう一人が男の右に、最後にもう一人が男の左に立つ。こうして四人の女性が男の左右に二人ずつ並んだ。彼女たちはいずれもお
女性は四人のメイドに命じる。
「我が
「かしこまりました、お
女性の命を受けた四人のメイドは手を前に組んで命令する女性に向かってお辞儀をすると、四人のうちの三人が揺れる男の
「さあ、
お屋形様は残った一人のメイドに命じる。
「なずなよ、うまくやるのじゃ。さすれば
なずなと呼ばれるそのメイドはお屋形様の目の前でメイド服を脱ぐとベッドの上を這うように進み、男の広げた左右の足の間に身を沈めた。
お屋形様はその狂態を静かに見下ろす。
四人のメイドによる
お屋形様はそれを深く吸い込み十分に肺に浸み渡らせると大きく息を吐き出し満足そうな笑みを浮かべる。妖しく微笑むお屋形様のその口元には牙のような鋭い二本の犬歯が白く浮かび上がっていた。
「さあ
男は果ててもなお、より一層の快楽を求めて震える右手でひれ伏すなずなの頭を掴み自らの
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