第33話 体育会系スパルタ式修行

「まずは二人ともちょっと立ってみて、そう、イスの後ろに。イスはテーブルの下に入れてね。それで少し空間ができたでしょ」


 指示に従ってヒロキとよもぎはその場に起立する、お互いに手はつないだままで。可憐は席に着いたまま腕時計をはずすとそれを右手に持って二人を見上げる。ヒロキと同じ耐衝撃ウォッチのレディースモデルは白いボディーに白い布製ベルト、それのストップウォッチ機能を使って彼女は何をしようと言うのか。


「合図をしたら手を離してみて。心配しなくて大丈夫、万一のときはシロが助けてくれるから」


 ヒロキとよもぎはお互いの顔を見る。ヒロキは半信半疑な表情が、そしてよもぎの顔には明らかに不安の色が浮かんでいた。可憐はよもぎの様子に気付いていたが、お構いなしにそのまま続けた。


「じゃあ、行くわよ。ハイッ!」


 そう言ってストップウォッチボタンを押す。二人は握っていた手を離す。が、ほんの二、三秒でよもぎがヒロキの手を握り返してきた。可憐はストップウォッチを止めてその数字を読み上げた。


「二秒五六か。う――ん、これはやり甲斐がありそうねえ」


 よもぎは情けなさそうな顔で可憐に言う。


「可憐ちゃん。よもぎ、やっぱりちょっと怖くて、心配で」

「大丈夫、大丈夫、私もシロもついてるし。さて今度は時間を指定するわよ。五秒、とりあえず五秒は我慢しましょう。さあ、深呼吸、深呼吸」


 可憐が言う通りに二人は大きく二回の深呼吸。


「それじゃあ行くわよ。ハイッ!」


 可憐はウォッチのボタンを押した。


「一、二、三、四、五、ハイ、OKよ」


 途端に大きなため息をつくよもぎ。


「よもぎちゃん、なにも息を止めなくても……もっと楽にして大丈夫よ」

「よもぎ、大丈夫か? 初めてなんだし無理しなくてもいいんだぞ」

「大丈夫です。よもぎがんばります。可憐ちゃん、お願いします」

「そう、ならもう少しがんばりましょう。さあもう一回、また五秒よ」



 こうして二回のエクササイズを終えたとき、可憐はヒロキを睨むように見つめながら言った。


「ねえ太田クン、君、ひょっとしてこのエクササイズはよもぎちゃんのためだって思ってない?」

「えっ? 違うのか?」


 気が抜けた返事のヒロキを見て可憐は呆れたように言う。


「あのね、太田クン、これは君のエクササイズでもあるの。いい? 二人の意識を同調させることが重要なのよ。今の君たちはよもぎちゃんだけが頑張ってて、それじゃだめなのよ。太田クンもよもぎちゃんとつながっていることをイメージしないと」


 そう言って可憐はウォッチをテーブルに置いて立ち上がった。そして右手を振り上げ手刀しゅとうを作るとそれをヒロキの頭に振り下ろした。


「イテッ、何するんだよ、いきなり!」

「ふん、愛のムチよ」

「痛ってえなあ、チョップはないだろ、チョップは」

「よもぎちゃんにだけ負担させてるからよ。太田クンも気合入れなさい」


 そう言って可憐は再び座りなおしてウォッチを片手に号令をかける。


「さあ、もう一回。太田クン、イメージよ、イメージ」


 三回目、ヒロキは頭の中でよもぎと手をつないでいることをイメージする。そして五秒が経過した。


「どうだったかしら?」

「オレは手をつないているところを想像した」

「よもぎも手をつないでいるように感じました」


 可憐は腕組みをして満足そうに言った。


「そうよ、その感覚を忘れないで。これが自然にできるようになることが第一歩なんだから」



 それからヒロキとよもぎの二人は五秒間の手離しを二回、最初の分を加えて計五回のエクササイズを終えた。


「さてと、今日はこのくらいにしましょうか」

「おい、こんなんでいいのか?」


 ヒロキはいささか拍子抜けしたような顔をする。


「初心者が初日から無理しちゃだめよ。明日もあるんだから」

「えっ、明日?」

「そうよ。何か?」

「ひょっとして毎日かよ」

「しばらくは面倒見てあげるわ。とにかく自然にできるようにならないと」


 可憐はウォッチを再び左手に着けながら語気を強めて言った。


「ただし今はまだ自分たちだけでやってはダメ。必ず私といっしょのときにすること。これは絶対よ」

「わかった、了解したよ」


 そしてヒロキはすっかり冷めてしまったミルクティーを一気に飲み干すと最初とはうって変わって打ち解けた口調で続けた。


「それにしても神子薗みこぞのってさ、案外体育会系なんだな」


 可憐は席を立つとトートバッグを肩にかけながらそれに応えた。


「体育会系ってよりもスパルタ式? う――ん、むしろ修行かな」


 可憐は飲み終えた紙コップを手にするとそれをゴミ箱に投げ入れて戻って来た。


「それじゃあ、また明日。同じ時間にここでいいわね。よもぎちゃん、明日もがんばろうね」


 そう言い残して可憐は颯爽とカフェテラスを出て行った。その後姿を見送りながら二人は力なく手を振った。


「よもぎ、大丈夫か?」


 ヒロキの問いによもぎは「疲れました」とだけ言い残すと一瞬にしてスマートフォンの中に消えてしまった。ひとりカフェテラスに残されたヒロキは自分とよもぎが飲み干した紙コップをぼんやりと見つめながらつぶやいた。


「なんだよこの展開。何かの罰ゲームかよ、まったく……」

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