第25話 安全地帯はスマートフォン
帰宅するとすぐによもぎは実体化したが、その姿はいつもの部屋着、ヒロキからもらったシャツとスウェットだった。
「なあ、今日買った服は着てみないのか?」
「あれはまた今度、お出かけのときに着ます」
「そうか……」
「あっ、もしかして……見たいですか? ほんとに見たいですか? そうですか、見たいんですね。わかりました。では、ちょっとだけ」
目を輝かせながら半ば一方的にそう言うとよもぎは一瞬消えて、次に現れたときには今日買ったトレーナーとデニムのショートパンツ姿になっていた。短いパンツから黒い厚手のタイツに包まれた健康的な足がスラリと伸びる。
「どうですか、ヒロキさん」
よもぎは、さあどうだ、と言わんばかりに両手を広げて見せる。ヒロキはその姿に視線を奪われたものの、それを悟られまいとしてよもぎをちらりと見ながら小声でつぶやいた。
「なんか、こっちが恥ずかしくなるなあ」
「あっ、ひっど――い。じゃあもう見せませんからね」
そう言ってよもぎはまたいつもの部屋着姿に戻ってしまった。
「あっ、いや、そうじゃなくて、そのなんて言うか、その……ああ、これは苦手な展開だ」
「へへへ、だからヒロキさん、これからのお楽しみにしましょう。時間はたくさんあるんですから」
そう言いながらよもぎはキッチンに立つと、いつもの鼻歌とともに夕食の準備を始めた。
よもぎの夕食は質素だったが味は良く、そのおいしさをヒロキは絶賛した。そんなヒロキの言葉によもぎは満足そうに微笑んだ。そして食事を終えると、よもぎがいつものように紅茶を用意する。
「ああ、これがほんとのCHILL OUTってやつだなあ」
ヒロキは両腕を伸ばしてそのまま床に寝転がる。
「それ、どんな意味なんですか? そのチ、チリなんとか」
「チリじゃなくてチル。
「へえ、そうなんですか」
「ほら、今日よもぎが買った服、あの赤白の、あれに書いてあったろ」
「言われれば確かに……そっか、あれってそういう意味だったんですか。よもぎ、勉強になりました」
よもぎはおどけてテーブルに両手をついて頭を下げた。
「ところでさ」
ヒロキは
「さっきのスーパーでの、あれは何だったんだ?」
「う――ん、よくわからないんだけど、急に引き寄せられるような引っ張られるような、とにかくこのままだと危ないと思って」
「それで人目もはばからずに消えたわけか」
「だってだって、とっても怖かったんですよぉ。それでそんな波動みたいなのがどこから飛んでくるんだろうって」
よもぎはその出来事を思い出したのか急に不安げな表情になり、カップの紅茶を一気に飲み干した。
「でも、こっちから探そうとして、逆に相手に気づかれて引っ張られちゃったらって考えたらもう、怖くて、怖くて……」
ヒロキはすっかり弱々しく俯いてしまったよもぎのカップに紅茶を注ぎ足す。
「あの判断は正解だったと思う、なにしろ今のところはスマホの中が一番安全なんだろうし。だけどオレには何も感じ取ることができかった。くやしいけど君を守れるのかもわからない。そんなときオレはどうすればいいんだ? どうやったらよもぎを守れるんだ?」
ヒロキの問いによもぎは俯いたまま首を左右に振るばかりだった。
「なあ、オレたちってさ、お互い何かを強くイメージすることでうまくいくんじゃないか、って思うんだ。だからもし危ないときはオレがよもぎを守るように強くイメージして、例えば手をしっかり握るとか、強く、その……強く抱きしめるとか」
ヒロキの言葉が終わる前にちゃぶ台の向かいに座っていたよもぎがヒロキの隣に瞬間移動する。そしてヒロキの腕にすがりきながら言った。
「ヒロキさん、よもぎはヒロキさんといっしょがいいです。ずっといっしょに」
そんなよもぎの肩をヒロキはやさしく包み込む。
「何か対策を立てなきゃなんだけど、こっちからは何もできないのがくやしいな」
「ヒロキさん、今度またあのお店に行くときは、できるだけ注意するようにしてください」
「そうだな。今はそれしか手がないな」
ヒロキはよもぎの頭を軽く撫でると冷めかけた残りの紅茶を飲み干して、これから先のことを思いながら深いため息をつくのだった。
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