第23話 CHILL OUT
「ところでさ、オレからもうひとつプレゼントしたいものがあるんだ」
「え――、でもでも、今たくさん買ってもらったばかりですよぉ」
「いいって、気にするなって」
ヒロキにも目指すところがあるのだろう、先ほどまでとはうってかわって脇目も振らずによもぎの手を引いて歩く。やがて小物や雑貨が並ぶ小さな店の前に着くと、ヒロキは店頭に並ぶマフラーの前に立った。
「このマフラーどうだ? さっきよもぎと歩き回ってたときに目に入ってさ。まだまだ夜は寒いしマフラーの一枚くらいあった方が……」
ヒロキがそれを言い終わる前によもぎの顔に困惑の色が浮かぶ。
「あの、よもぎ、マフラーは……その……」
「どうした? 遠慮するなよ。好きなのを選んでいいんだぜ」
よもぎは目の前に並ぶマフラーを
「ヒロキさん、ヒロキさん、季節はもう春、春ですよ。来月になればあっという間に桜が咲いてお花見だし、ヒロキさんも新学期からは四年生になるんです。これから忙しくなりますよ。そうだ、ヒロキさん、ゼミも決めないとですよね。それでそれで、その次は……就職とか、とにかく春は忙しいんです」
「おい、よもぎ、支離滅裂な展開だぞ」
今までに見せたことのない焦り方に何かを感じはしたものの、しかしヒロキはその勢いに圧倒されてしまった。そしてよもぎはさらに畳みかける。
「それにそれに、よもぎは幽霊ですよ。そりゃ確かにこうしているときは多少は季節を感じますけど、でも寒かったり暑かったりしたら消えちゃえばいいんです。だから大丈夫、大丈夫なんです、全然。ほんとに寒さなんかへっちゃらなんです」
そこまで一気にしゃべり続けたところでよもぎはハッとしたように言葉を止めてペコリとお辞儀をした。
「それよりなによりヒロキさん、よもぎはとっても嬉しいんです。だからもう充分なんです。ほんとにありがとうです」
よもぎは顔を上げてにこりと笑いかけるとヒロキの手を取って歩き始めた。どこか釈然とない気持ちはあったもののヒロキはよもぎに手を引かれながら原色に彩られたブティック街を後にした。
ヒロキとよもぎの二人はファッション・ゲート・パークを出ると地下街を抜けて帰路に着く。さっきまでの元気はどこへやら、今ではヒロキに手を引かれるように後をついて歩くよもぎの足は少しずつ遅くなり、やがてつないだヒロキの手をグイと引いて立ち止まってしまった。
「ヒロキさん、よもぎ、そろそろ……かなり疲れてきたみたいです」
その言葉と同時にヒロキの手からよもぎの感触が消え、つないでいたその腕も軽くなった。
「やっぱり人ごみの中だと長い時間はダメみたいです」
ヒロキの頭の中によもぎの声が弱々しく響く。
「ヒロキさん、今日はありがとうでした。よもぎ、すごく楽しかったよ。ちょっと調子に乗っちゃいましたけど」
「気にするな、怒ってなんかないし」
「おわびに今日はよもぎがお夕飯を作ります」
「わかった、わかったから、少し休め」
「だから……だから……駅前のスーパーに着いたら……起こしてくだ……さい」
ヒロキの意識からよもぎの気配がスッと消えた。ダウンコートのポケットからスマートフォンを取り出して確認すると、ロック画面には目を閉じたよもぎの姿があった。
「
ヒロキはそうつぶやくとスマートフォンを再びポケットに押し込んで歩く速度を少し速めた。
ランチタイムも終わらんとする遅い午後、ブティック街はこれからショピッングを楽しもうとする人たちで溢れ始める。そんな人の流れを器用に避けながらヒロキはよもぎの買いものが詰まったブティックの袋とともにひとり繁華街の人波の中へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます