第22話 全品九八〇円均一(税別)

「あっ、いっけな――い」


 ヒロキの手を引いて前を行くよもぎが声を上げて立ち止まった。あまりに急なことでヒロキは躓きそうになる。


「今度はなんだ?」


 するとよもぎは周囲の目を気にしながらも一瞬だけ姿を消した。そして再び姿を現したときには元の着崩した制服姿に戻っていた。


「あのコーデはさっきのお店のまんまだからここではいくらなんでもだし、今度ヒロキさんとお出かけするときのためにとっておくことにしました。さあ、次のお店はあそこです」


 よもぎが指差す先に見えるその店は先ほどのとはうって変わってショッキングピンクや蛍光カラーを基調としたレイアウトで、そのカラフルな店構えがヒロキの目にはやたらと眩しかった。普段の彼ならば近寄りもしないであろうキュートで甘い香りが漂うその店の中によもぎはヒロキの手を引いたまま陳列の間を縫うように進んで行く。


「ヒロキさん、これです、これです。ちょっとかわいいと思いませんか?」


 目の前にレイアウトされたその服はコットン生地のトレーナーだった。袖から肩口にかけては強めの赤色、胸元はアイボリーに近い白で、そこには黒い極太ゴシック体の文字で「CHILLチル OUTアウト」とプリントされている。そして胴から裾までが紺色と、赤白紺のトリコロールカラーに染め分けられたそれはゆったりした袖の赤色のおかげでヒロキの目にはずいぶんと派手に映った。しかし小柄なよもぎがあえてこのようなサイズを着ている姿はお世辞抜きでかわいく見える。それはいつもヒロキのお下がりを着ているよもぎがそう見えるように。


「いいんじゃないか。活発な女の子って感じがするし」

「ヒロキさん、初めてちゃんと言ってくれましたね。ではでは、これに決定!」


 よもぎがディスプレイの棚に積まれた中から同じものを探している間、予算を気にするヒロキは掲げられた金額をそれとなく確認する。


「おい、ちょっと待て」


 ヒロキはよもぎが手にした服のタグをまじまじと見つめる。


「どうしました? ヒロキさん」

「なあ、これ、この金額……九八〇円って……九八〇円? マジか!」

「安いでしょ? だからさっき目をつけておいたんです」

「しかし、この値段……男物だともっとするぞ」

「えへへ、女の子のってお店を選びさえすれば案外安いんですよ」


 そう言ってよもぎは天井から下がるプレートを指差した。そこには煽るようなポップ文字が踊っていた。


「店内全品九八〇円均一(税別)」

「二点で一八〇〇円、三点で二四〇〇円(いずれも税別)」


 ヒロキは呆然とした表情でそれを見上げて言った。


「なあ、よもぎ、ここはオレが買うよ。さっきのワザじゃなくてさ」

「ええっ? でも……」

「大丈夫だ、予算的にはまったく問題ない。それに今日はオレからのお礼の意味もあるんだし。さあ買おう、買うぞ!」


 ポケットから財布を取り出そうとするヒロキの顔をよもぎは様子を伺うように見上げると、その手を掴んで制止した。


「ちょっと待ってくださいヒロキさん。それならよもぎ、スカートも見たいです」


 力をこめてそう言ったよもぎは再びヒロキの手を引いて、今度はたくさんのスカートが並ぶハンガーラックの列を目指した。


「これ、これ、こういうのがかわいいんですよね」


 よもぎは楽しそうにラックのスカートを見て回る。よもぎが手にするそれらの丈は膝上と言うよりも股下で何センチメートルと表現したくなるくらいの短さだった。タータンチェック柄の赤と白、よもぎはそれら二枚のスカートを手に取って見比べながらヒロキに意見を求めてきた。


「どっちがいいかなあ……ヒロキさんはどう思いますか?」

「なあ、それ着るのか? かなり短くないか?」

「う――ん、でも、かわいいでしょ?」

「しかし……」


 スカートの丈もさることながらその色の組み合わせにどう答えればよいか、ヒロキは正直よくわからないのだった。そしてヒロキは彼なりによく考えて答えを導きだそうとしていた。


「上に着るのがさっきの赤白紺だったと仮定すれば下は白か、赤か……もし白にしたならばソックスに赤を選べば赤白紺白赤で上下対照になる。しかし赤だったら? 赤白紺赤、ソックスに白、靴を紺にすれば順編成のループになるが……いや待て、やっぱここはシンメトリックが美しいか?」


 ヒロキはひとりぶつぶつとつぶやきながら考えていた。するとよもぎは手にしたスカートをいったん元の場所に戻して「ふふ――ん」と鼻を鳴らすと同時にヒロキの両袖を掴んで半透明になった。近づくよもぎの身体からだ、その顔がヒロキの顔に触れる寸前でそれはヒロキの視界から消えた。


「お、おい、よもぎ、お前」


 ヒロキが振り向こうとするや否や、よもぎはヒロキの背後からヒロキの袖の端を掴んで「こっち、こっち」とヒロキの手を引いた。

 店内に並ぶスカートのハンガーラックのもう一列向こうにはパンツ系のラックがある。その前に立ったよもぎはハンガーの一つを手に取ってヒロキの目の前に差し出した。


「ヒロキさん、実はこれでしょ」


 よもぎが手にしたそれはデニム生地のショートパンツだった。よもぎは半透明化してヒロキの身体からだを通り抜ける際にヒロキの心を読んだのだった。よもぎが差し出すかなり丈の短いパンツを目の前にしたヒロキは自分の顔が見る見る熱くなっていくのを感じた。そして小声ながらも語気を強めて言った。


「よもぎ、これは……これは反則だ。反則だよ」


 ヒロキのこれまでにないほどに困惑した表情を見たよもぎは差し出していた手を下ろすと下を向いて消えるような声で言った。


「ご、ごめんさい、ヒロキさん。よもぎ、うれしくてつい調子に乗ってました。ほんとうに、ごめんなさい」


 しかしヒロキはよもぎの頭を手のひらでポンと軽く叩くとよもぎが手にしているハンガーを手にすると、もう一方の手でよもぎの手を取って今さっきまで迷って決めかねていた二枚のスカートも手に取った。そしてそのままトレーナーの陳列棚でよもぎが気に入ったと言う「CHILL OUT」のロゴ入りトレーナーも掴んでレジカウンターに並んだ。

 よもぎが小さな声で「ヒロキさん、そんなに全部なんて」と言うと、ヒロキは振り返って笑って見せた。


「迷ったときには全部買う。大丈夫だから、心配すんなって」


 ヒロキのその顔からはさっきまでの慌てぶりも困惑の色もすっかり消えていた。そして会計が済むとヒロキは片手で買い物袋を抱えながら空いたもう一方でよもぎの手を引いて歩き出す、今度はヒロキが先導するように。

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