第21話 ポップでガーリーでフェミニンな

 よもぎに手を引かれながら目にするその世界はやはりヒロキにとって苦手な世界だった。ギャル系、ガーリー系、クラブ系から雑貨・小物やアンダーウェアなど雑多なブティックが連なるフロアをよもぎは一筆書きをなぞるように歩いて回る。


「ふふふふーん、ふんふふーん」


 よもぎは気分が乗っているときには決まっていつもの鼻歌を口ずさむ。


「なあ、よもぎ」


 揺れる肩の後姿を追いながらヒロキは尋ねる。


「いつものその曲って、何なんだ?」

「あっ、これは、つい口に出ちゃうんです」

「いつもワンフレーズだけのそれさ、なんか気になるんだよな」


 そんなヒロキの言葉など耳に入っていないかのようによもぎは突然その場に立ち止まって振り向いた。


「な、何?」


 ヒロキも慌てて立ち止まる。


「そんなことよりヒロキさん、さっきのお店、もう一回」


 人差し指を立てながらそう言うとよもぎはヒロキの手を引いて歩いてきた通路を引き返す。


「やっぱこれかな。ヒロキさん、ヒロキさん。どうですか、これ」


 よもぎはその店の前に立つ着飾られたトルソーを指差した。そんな突然の問いかけにヒロキは答えに窮してしまう。


「う、うん、いいんじゃないかな、うん」

「あ――、その返事、なんか適当っぽいです」


 そう言いながらよもぎはトルソーに近づくとその裏側までも覗き込んでコーディネートの隅々まで念入りにチェックし始めた。


「うん、なんとなくわかりました」


 よもぎはオーバースカートの細かいレースに目を凝らそうとかがめていた腰を上げると、軽く伸びをしてからひとりごとのようにつぶやきながら再び歩きだした。


「このあたりで人がいなさそうなところは……」


 二人はメイン通路から外れたフロアーの奥に従業員専用の搬出入路を見つけた。ブティック街の一番奥に位置するバックヤードへとつながる扉があるだけの静まり返ったその場所で、二人は声を潜める。


「よもぎ、ここなんかどうだ?」

「はい、いい感じです」


 その言葉とともにヒロキの手からもよもぎの感触が消えた。しかしそれはほんの一瞬、ヒロキが瞬きをするほどの短い間だった。そして再びその手によもぎの感触が戻ったとき、ヒロキは一変したよもぎの姿に驚きを隠せなかった。

 今、目の前には先ほどの店に展示されていたのと寸分違わぬコーディネートのよもぎがいた。白のロングスカートは細かいレース生地のオーバースカートを重ねたやわらかいデザイン、セーターは明るいレモンイエローで首元はフリル襟、その上に羽織るフリース地のジャケットは淡いキャメル色、足元はシンプルな白のソックスでピカピカに磨かれた黒のメリージェーンタイプのシューズを履いていた。


「どうですか、ヒロキさん、いい感じですか?」


 よもぎはニコニコしながらヒロキに問いかける。


「あ、ああ……うん、いいね」

「ええっ、それだけですか――?」


 ヒロキはこんなときに気の利いた言葉が出てこない自分にもどかしさを感じていた。本心では新鮮で心がときめいているのだがそれをうまく言葉に表せないのだった。ヒロキはよもぎの期待に応えようと、数少ない知識の中からありったけの言葉を並べてみた。


「い、いい感じじゃないかな。その、なんて言うか……ポップでガーリー? いや、フェミニンかな? と、とにかくよく似合ってるよ」

「ヒロキさん、なんか無理してる感じなんですけど。でも、うん、ヒロキさんらしいかな」


 そんなよもぎを目の前にして、ヒロキはコーディネートよりも目の前で起きているこの現象に興味を奪われていた。


「なあ、よもぎ。これってさ、ひょっとしてコピーしたのか?」

「う――ん、よくわからないんですけど、なんとなくイメージするとそうなっちゃうって言うか……」

「いつもの半透明化ならまだしも、実体化してるってことはイメージもまるっと実体化、てか物質化してるわけで、でもコピーではなくてって……ああ、だめだ。こんな展開、わけがわからないぞ」


 ヒロキは周囲を気にすることも忘れてひとりブツブツ言いながら自分が納得できる理由を探していた。しかしよもぎはあっけらかんとした口調で言う。


「でもでも、さっきの制服アレンジだってそうだし、お家でもお着替えはこんな感じにしてるし、だからヒロキさん、そういうものなんですよ。だってよもぎは……」

「幽霊なんですから、か」


 ヒロキは続くよもぎの言葉を代弁して言った。そして結局はいつものように「そうなんだよな」の一言で無理やり納得するのだった。



「あのぉ、ヒロキさん……あのぉ」


 よもぎはヒロキとつないでいないもう一方の手を顔の前に上げて拝むような仕草をしながら言った。


「実はもうひとつ気になるお店があるんです、へへ」

「そういえば、せっかく来たのにまだ何も買ってなかったんだよな。さっきのあれはコピーみたいなもんだったし……よし、行くか」


 二人は殺風景なその場所からビビッドなカラーに彩られたブティック街へ戻ろうと手を取り合って歩き始めた。

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