第14話 憑かれて、疲れて

 ヒロキはまたもやひとりで悶々としていた。どうしてもひとりになると余計なことばかり考えてしまうのだった。


 やっぱり、あのJKと暮らすことになるんだよな?

 JK……てか、あれは幽霊じゃないか、共生なんてできるのか?

 大学はどうする?

 いや待て待て、これから就活もあるじゃないか。それに就職したらしたで、そのときは職場までついてくるのか?


 ヒロキの脳内に沸き上がる有象無象うぞうむぞうはやがてある一点に収束していく。それは今夜これからのことだった。


「やっぱ、ここで寝るんだよな?」


 終わりのない想定問答を繰り返しながらヒロキは呆然と浴室の方を見て深いため息をついた。静まり返った部屋の中に浴室の床を打つバタバタとした水音が遠くかすかに聞こえてくる。あの壁の向こうでは今、よもぎがシャワーを浴びているのだ。その光景がヒロキの頭をよぎる。そしてその後は、その後は……理性と欲望が交錯する中でヒロキは続く妄想を必死で打ち消した。

 思えばヒロキはシャワーを浴びながら最低限の作戦は考えたつもりだった。とりあえずよもぎはベッドに寝かせ、自分は床に寝転がるのだ。しかしそれでもひとつ屋根の下、同じ部屋のすぐ間近に初対面の女の子、それも年下、そのうえJK、彼の鼓動は急速に高まり、やがてそれは動悸と言わんばかりになっていた。


 よもぎはベッドでオレは床。

 試しにヒロキはちゃぶ台の脇に寝転んでみた。やはり真冬のフローリング床は硬く冷たかった。しかしいろいろあり過ぎてすっかり疲れた今日のヒロキの頭にはむしろその冷たさが心地良かった。

 まどろみかけた彼の頭に突如新たな問題が降って湧く。ヒロキは突然起き上がって声を上げた。


「ヤバい、シーツ! シーツだけでも交換しないと、女の子だし」


 ヒロキは慌ててベッドの前に立つと大急ぎでマットレスを包むボックスシーツを引き剥がした。しかしシーツ片手にまたもやその場で固まってしまった。

 そうだ、洗濯したもう一枚のシーツは脱衣スペースの棚の中だ。そして今そこではよもぎが入浴中なのだ。もしかすると既に風呂から上がってタオルで身体からだを拭いている真っ最中かも知れない。

 ならば仕方ない、とりあえず消臭スプレーでもかけておくか。そう考えてスプレーボトルを手にしたものの、こんなときに限って中身はすっかり空だった。


「こんなときに限ってこれだよ。確か詰め替え用を買ってあったはず……」


 そこで再び彼の思考が停止する。


「詰め替えパックも脱衣スペースの棚の中だった……」


 呆然と立ち尽くすヒロキは誰もいない部屋で力なくつぶやいた。


「ハハハ、とんだスラップスティックだな、このんな展開は」


 彼の全身を気怠けだるい疲労が一気に包み込む。ヒロキは弱々しいため息を吐くと、電池が切れたかのようにその場でへたり込んでしまったのだった。



 そのころ、シャワーを終えたよもぎは目の前のバスタオルに手を伸ばそうとしながらもその手を止めた。代わりに一瞬だけ透明化して再び実体化する。すると濡れた身体からだも髪もすっかり乾いて、解かれていた両サイドの小さな三つ編みまでもが元に戻っていた。そしてヒロキが買ってくれた下着を身につけると、これもまたヒロキが用意してくれた彼女にとってはかなりたっぷりとしたサイズのスウェットを着る。その後は言われた通りの後始末をして浴室を後にした。


「いいお湯でした。ありがとうございました」


 よもぎが居室に戻るとヒロキはすでに寝息を立てていた。丸めたシーツを抱えたまま投げ出した足元には消臭スプレーのボトルが転がっている。


「今日はいろいろありがとうでした。そしてこれからも……」


 よもぎはベッドの上に残された掛けぶとんをヒロキが目を覚まさないようにふわりとかぶせて照明を消す。


「風邪、ひかないように」


 よもぎはその一言を残してヒロキのスマートフォンの中に消えていった。こうして彼にとっての長い一日が幕を閉じるのだった。

 カーテンの隙間から漏れる街路灯の明かりだけがほんのり届く部屋の中にヒロキの寝息だけが微かに聞こえた。

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