第64話 知っておくと便利、過剰な量の料理を注文してしまった時に使える裏技



 そういえば以前、体内に異物が入った状態で治癒の神通力「反転通」を使うとどうなるのか考えた事がある。例えば銃で撃たれたとして弾が身体を貫通しなかった場合、摘出しないまま神通力を施して、果たしてその弾丸はどうなるのかと。

 なんかうまい感じに、被弾時の逆再生が如く傷口から排出されるのであればそれで良い。しかし、もし銃創だけが塞がり弾丸は体内に取り残されるのだとすれば。いずれその者の血中鉛濃度は否応なく上昇するだろう。出血死は免れたとしても、中毒によって被弾者が苦しむ結果になるかも知れない。

 或いは重要な臓器や血管の位置で弾丸が止まっていた場合、機能を十全に回復させる事が出来ず程なく不調に至らしめてしまう可能性もある。


 とかなんとか。


 まあそんな心配をしなくても、そもそも日本に居て銃で撃たれる事態なんてそうそう無い。故に杞人の憂いと鼻で笑うのは勝手だが。

 実際にそのような出来事と遭遇した俺からすれば、笑えない話だから困るのだ。尤も、その時に撃ち込まれたのは鉛弾では無く非殺傷性のペイント弾。撃たれた本人も身体を強化する「練体通」を展開していた為、体内に留まるどころか表皮の皮脂膜すら傷付かなかった訳であり、本当に遭遇したかと問われれば首を捻るしかないのだが。


 ならば考察に値しないのか、それは断じて否であろう。


 当然ながら、体内に侵入する異物は弾丸だけにあらず。事故によりガラスや金属片が細かく身体に埋没してしまった例や、或いは頭に釘が刺さってしまったという、考えるだけでも痛々しい被害も存在する。……いや、そんな特殊な例を用いずともだ。人体に侵入し、健康や命を脅かす異物は深く考えずとも多々あろう。

 車の排気ガスや煙草の副流煙。ウイルス、細菌等の病原体も異物と言えば異物。悪性腫瘍も人体由来の細胞であるが、これも立派な異物である。此れらがもたらす健康被害を治すには、元凶となった異物そのものを取り除くことが難しくも肝要なのだが。

 しかし「反転通」は苦もなく問題もなく此れら全てを完治させる。実際、これまで癌患者やウイルス性疾患に罹った人等、多くの「異物被害者」が承和上衆の元へ訪れた訳だが、神通力で敵わなかった症例は過去に一例たりとも存在しなかった。


 つまり「反転通で異物は取り除かれる」という結論に達する。


 人工物か自然物かの境界は無い。恐らくは「健康を害するモノ」そして「人体に不要なモノ」が機械的に取り除かれるのだろう。

 いや、「取り除く」と言えば語弊がある。正確には「消失」と言うべきか。例えば、心臓にペースメーカーを植え込んだ患者に対して反転通を施した場合。不整脈が治るのは勿論のこと、同じタイミングで不要となったペースメーカーも煙のように消えるんだとか。


 排出ではなく消失。四肢や臓器の欠損を再生させる「無から有を生み出す機能」とは全く逆の作用、有なる不要物を無へと変換する効果…………らしい。ペイント弾の時は体表面の付着物を拭えなかったので、飽くまで体内に限っての話だろうが。それでも十分過ぎるほどの利便性ではある。


 正直、自分でも説明していてよく分かってない。まあ、神通力に理屈や原理を求めたところで不毛なのは今更だろう。

 蛇足かも知れないが、プロテーゼ(シリコン製人工軟骨)を挿入して整形した人や、ピアスをしている人に対して神通力を施す場合は注意が必要かも知れない。




 ────んで、何を急にこんな長々とした説明をしてるのかという話だが。なし崩し的に護衛チームに加わる事が決定した日の翌朝、いま述べた反転通の効力が喫緊で必要となったからと言っておこう。

 とは言っても、別に護衛対象に怪我をさせたとか、誰某が急病を患ったとか、そんなヘヴィな話ではない。俺からすれば精神的にも肉体的にも「胃が重い」話ではあるのだが。


「いやー、戸塚が居てくれて助かったわ。細い身体の癖して流石は男子。よく食うよく食う」


 たんとお食べーと言いながら、雛川先輩はまたも此方のお膳に皿を乗せていた。内心ゲンナリしながらそれを眺める俺。

 食事を始めてから一度も休まず箸を進めているが、さっきから一向に減る気配が無い。寧ろ俺の前に置かれたお膳の上は配膳された時よりさらに御菜の量が増えている気さえする。気さえする、というか実際にその通りで。雛川先輩を始めとする女性陣が「食べ切れないから」と次々に皿を回してくるのだ。


 確認を怠ると偶に起こる旅行先でのプチトラブル。旅館の食事が思っていた以上に多くて泡を食った経験は無いだろうか。


 観光事業にも手を出し始めたとは言ったものの、山白村へ訪れる客層は心身共に弱っている「傷病者」が中心の筈である。そこの宿泊施設ともなれば、さぞ健康的で胃に優しい病院食や精進料理のようなモノが出ると思っていたのだが。

 どうやら見込みが甘かったらしい。昨日の夕食も豪勢の一言に尽きた。次から次へと出される数々のお品に舌鼓を打ちながらも、食べ終わった時には相当の満腹感で。女性陣も旅行で気分が上がっていたのか、単純に美味だったというのもあるだろうが、皆一つ残らず綺麗に夕食を平らげては満腹感を露わにしていた。

 そして翌朝。朝食の用意が出来たと広間の一角に案内され、昨夜と遜色ない量の御菜がズラリと並べられた光景を目の当たりにした一同。着席を躊躇ったのは言うまでもない。晩餐ならばともかくとして、流石に朝っぱらから、それも立て続けにこの量はキツかった。

 割とモリモリ食う方の俺でも半分くらいで丁度良い。箸をつけ始めた女性陣が早々に音を上げたのも無理のない話である。


 こういうアクシデントを避ける為に客側が事前に確認をしておくべきなんだとか。

 それは「もてなしの意」であったり「多様な客層のニーズを満たす為」であったり。理由は様々だが、とにかく多め多めの食事をデフォルトで用意している旅館は間々あるそうで。自分達には多過ぎると思うのなら、予約の時に減らして貰うようリクエストするのが常識らしい。


 まったく、誰だ予約入れた奴は────俺か、旅行慣れしてないもんで。


「本当に凄いな、大食いタレントにでもなれるんじゃないか?」

「意外な特技だよねぇ、人は見掛けに寄らないもんだわ」


 そんな久留晒さんと先輩の会話を他所に、一心不乱に箸を動かす俺。味は前回の夕食と同様に素晴らしい。しかし、既に満杯となっている胃袋に追加でモノを詰め込む作業は苦痛以外の何物でもなかった。


 一応、偶然通り掛かった女将さんを捕まえて、今からでも何品か取り下げる事は可能か聞いてみたのだが。すげなく断られる……とまではいかなくとも、もの凄く渋い顔をされてしまった。曰く、従業員の賄いにするので、手を付けてない品であれば下げても廃棄には至らないそうなのだが、今回は間が悪かったらしい。

 なんでも前日に「やんごとなき方々」からの要望で、何十件もあった予約が取り潰しになってしまったそうで。結果大量の食材が余り、ただでさえ困った状況なのだと言う。


 心当たりがあり過ぎる。そりゃこっちに向かって渋い顔もするだろう。すごすごと、皿ではなく要望を下げざるを得なかった。


「まあ、食品ロスにならなそうで良かったわね。折角出して貰った料理に手をつけないのは客側としても心苦しいし」


 俺としては心ではなく腹が苦しいのだが。

 そう、胃が苦しい……過食による胃のもたれ。つまりは立派な体調不良……


 反転通が効くじゃねーか。


 という訳で冒頭の説明に話は繋がる。

 人体に於ける異物とは、周囲の体組織となじまないモノを指す。だから食べ物は本来「異物」に含まれないのだが、過剰に摂取された分となれば話は別だろう。「健康を害するモノ」でもあるし「人体に不要なモノ」にも該当する。十分反転通の消失効果対象に含まれているのだ。

 消失した分は当然血肉にならない故、結局は食品のロスに変わり無いのだが。口に入れ、しっかり味わい、飲み込むまではこなしているのだ。形だけでも食材や調理した人に対しての筋は通しているつもりである。

 自己弁護が過ぎるかも知れないが、もうこれで勘弁して貰いたい。





「────さてと。じゃあ戸塚の見事な食べっぷりを見せて貰ったところで、今日の予定を立てましょーか」


 四人前、というか量的には倍の八人前あった朝食を全て平らげた俺に対し、女性陣は惜しみない賞賛を贈ってくれた。完食の瞬間には自然と拍手が上がったほどである。大量の料理が出てきた原因は殆ど俺にある訳だし、解決方法も神通力を用いたズルい遣り方だったのだが。説明のしようが無い上に、妙な気疲れもあったせいで謙遜する気力も湧かなかった。


「確か予定って、旅行前に軽く立ててませんでしたっけ?」


 片岡が「そういえば」と声を上げる。日程について、どうやら女子同士で事前に話し合っていたらしい。雛川先輩は頷きつつも「ざっくりとだけね」と答えていた。


「あそこに行きたい、これを食べたいの三つ四つはそりゃあるよ? でも私、旅行は基本ノープランで行くタイプだからさ」

「しかも今回は地元民がいますもんね」


 こっちを見ながらそんな事を言ってるが。何度も言うけど、俺をホストとして見るのはやめて欲しい。観光地出身者の全員が地元をガイド出来ると思っているなら大間違いだ。

 胃袋に入ってきた食材の大半を消失させたとは言ったものの、身体に必要な栄養分は異物として認定されず、つまり満腹状態である事に変わりは無い。「このまま畳にゴロリと寝っ転がりたい」と、そんな気分になっていたが。雛川先輩が本題を切り出した為、それも叶わなかった。


「その戸塚から提案があるんだよね?」

「……ええまあ、ちゃんと案内が出来る人をお呼びしようかと」


 昨日、村に居る間は旅館内で引き篭もると高らかに宣言したのだが。しかし色々事情があって、既に俺の帰省旅行中の行動方針は百八十度転回している。

 女性陣の内の一人、久留晒藍良。彼女が「どっかの怪しい教団」から身柄を狙われているらしいので、護ってやれとの命令────というのは建前で、実際は彼女を出しに使っての不穏分子狩りがメインらしいのだが。俺も出会ったばかりとはいえ、先輩の友人が犯罪のターゲットになっていると聞いて傍観を決め込むほど人間性を捨てたつもりは無い。

 彼女達と同行する旨は伝えたが。やはり、俺一人だけが側に居るのでは心許ないのも事実である。神通力があると言ってもボディガードなんぞやった事ないし。

 厳つい顔をした警備員がこの旅館を中心に村のあちこちに潜んでいるらしいのだが、壁役として側にもう一人くらいは欲しいところであった。


 だったら、もういっそのこと「あの人」と合流してしまおうと。


 まるで示し合わせたかのように。というより、物陰からタイミングを見計らっていたかのように────というか、実際に出てくる機会を窺っていたのだろう。

 此方が何か合図を送る前に、その人は素知らぬ顔で「やあ」と言いながら俺達の輪の中に入ってきた。


「……紹介します。で、地域振興活動もされている菜々瀬漆香さん」


 承和上衆、十家系の内の一家。菜々瀬家三姉妹が次女、菜々瀬ななせ漆香うるか

 長女の鞠香まりかは性格も見た目も物腰柔らかく、如何にも育ちの良さそうな「おっとり系」の女性なのだが(怒らない限り)。対して妹のこの人は、中身も外身もワイルドと呼ぶべき人物である。

 肌はよく日に焼けた小麦色。無造作に伸ばした髪は適当な感じで一つに束ねられている。私服に至ってはいつも同じジャージか、何処ぞの工場の作業服を羽織っているところしか見たことがない。

 お世辞にも洒落気があるようには見えないのだが、本人の気質故か、それが妙に様になっているから不思議だ。クールでスタイリッシュな雰囲気の久留晒さんとは別の意味で格好良く、良い意味でサバサバしているので(怒らない限り)初対面の女性陣でも取っ付きやすい筈。


 因みに、紹介文句に使った地域振興活動云々については嘘。スムーズに信用して貰う為の方便である。


「菜々瀬漆香です。そこの甲斐性なしに代わって私が村の案内をするから宜しく」


 登場の仕方が変則的だったので女性陣は若干引き気味だったのだが。二言三言、会話を交わす頃にはもう打ち解け始めているのだから、双方の社交性に感嘆する他ない。

 あと、甲斐性なしは余計だ。


「で、どの子が恭介のお気に入り?」

「……戸塚?」

「真に受けないで下さい。ウチの村の連中は、若い男女を見ると取り敢えずそういう目で見るんです」


 鋼太郎といいエイさんといい、男女を見ると嬉々として囃し立てる中学生みたいな連中である。この人も言うだろうと予想していたら、案の定だった。

 俺の張り合いがない回答に肩透かしを食らったのか、肩をすくめると「十時になったら下の階に降りておいで」と言い残し去っていく漆香さん。それを見送りながら内心で溜め息を吐いていると、片岡がコソリと耳元で話掛けてきた。


「実家のご近所さんとおっしゃってましたけど、ひょっとしてあの人も……」

「分かってると思うが、くれぐれも普通の人として接してくれ」


 察しが良いのは結構だが今は遠慮願いたい。雛川先輩はともかくとして、久留晒さんも近くに居るのだ。彼女の思惑がまだ判明してないのに、万が一にも俺や漆香さんの正体が知られたら余計に面倒な事態になりかねなかった。


 朝食前。先輩達が起きてくる朝焼けの時間帯には既に漆香さんへの挨拶と打ち合わせは終わらせている。雛川先輩と片岡を村から追い出す案は一旦保留。俺と漆香さんで脇を固めておけば下手に避難させるよりは安全との事。

 まあ避難させようにも、どう説明すれば良いのか俺にも分からなかったので仕方ない。雛川先輩は言わずもがな、片岡に対しても俺の正体は明かしたが「承和上衆がしょっちゅう荒事を抱えている」なんて物騒な話まではしてないし。


「……にしても、男女比の偏りがまた広がったな」


 流石になんとなく肩身が狭いし、もういっそのこと鋼太郎やお菊さんも呼んだ方が良いのではなかろうか。大所帯であればその分安全性も増すだろう。


「それは駄目。アンタはともかく、承和上衆わたしらの目的は、飽くまで社長令嬢モデルを餌にした凶徒狩りなんだし。あんな人相悪いヤツらが側に居たら、熊すら寄って来ないでしょ」


 言われた通りに十時になってから一階へ降りると、玄関口にて仁王立ちで待ち構えていた漆香さん。仁王立ちがこれほど似合う女性もそう居ないだろう。

 そう思っていると、彼女の背後にレトロと呼ぶには味気の無い、言ってしまえばかなりオンボロな白バンが停まっているのを発見。アレに乗って此度の山白村観光ツアーは敢行されるらしい。

 ゾロゾロと乗り込む直前、他の男共を呼ぶ案を漆香さんにコッソリと伝えたのだが。此方の期待虚しく、敢えなく却下されてしまった。


「その点、アンタは側に居ても虫除けにすらならないからね」

「……え、俺ってそんなに見た目頼りない?」


 甚だ心外である。誰だ彼女をサバサバ系と評した奴は、普通に侮辱してくるじゃねーか。

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