第61話 高級酒の味利きが出来る人には憧れるが、結局ビールが一番美味い



「……説明しろ、か」


 回らない寿司店やお高めな日本料理店を彷彿とさせる、白木一枚板のカウンター席。そこで一人静かに酒を飲む鋼太郎を見て、俺は思った。


 吃驚するほど似合ってねえと。


 奴のチャラく且つ粗暴な雰囲気が和の背景と絶望的にマッチして居らず、ボルネオオラウータンかニシローランドゴリラ辺りに座って貰った方がまだマシかも知れない。そう思えるほどに違和感が強かった。

 そんな現実を暗に表情で訴えるが、残念ながら上手く伝わらなかったらしい。


「そりゃこっちの台詞だな。先ずはなんでお前がこの村に居るのか説明しろ」


 奴の態度は太々しかった。

 思わず毒突きたくなったが、押し問答で時間を取られるのも馬鹿馬鹿しいだろう。簡潔に、俺はここまでに至った経緯を説明する。


「ただの里帰り」

「本当に簡潔だな……実家に顔も出さずにか?」

「こっちの勝手だろ、一応案内役も兼ねてんだよ」


 偶然「善寿庵」の宿泊券を入手した事。サークルの先輩と同期が興味を示した事。

 迂闊に山白村の出身である事を口走ってしまった件や、なんなら同期に俺の正体をほぼほぼ見抜かれている等についてはフワッとボカしたが。

 疑問に思われなかったのか、鋼太郎から突っ込みが飛んで来る事はなかった。

 一頻り聞いた後に「ふぅん」と述べただけ。何か含みがある反応だったが、気にしても仕方がないと咳を払う。


「こっちは答えてやったんだ、お前も答えろよ。旅館にいたあの爺さんはなんだ」


 警邏がどうとか、客入りを制限してるとか。

 穏やかじゃ無さそうだったからわざわざ話を聞きに来たのだ。俺にだけ話させておいてダンマリを許すつもりは無い。

 詰め寄ると、奴は片手を突き出して制してきた。


「凄まなくても全部話す。つか、席に座ったらなんか頼めよ」

「……日本酒あんま飲まねえんだよ」

「嫌なら野菜ジュースでも飲んでろ」


 そう言って鋼太郎は手酌で自分の酒を注ぐ。

 仕方なく、取り敢えず隅に居たバーテンに手を上げた。


「すみません、コイツが飲んでるのより単価高いやつ下さい」

「おい、阿呆っぽい注文の仕方やめろ恥ずかしい」


 言った瞬間、俺も思った。





 桐の箱から取り出された如何にも高そうな酒を味も分からずに飲みながら。鋼太郎に聞かされた話を整理すると、概要は以下の通りになる。


 ソガミ教の一部で不穏な動きあり。


 以上。


「俺の懇切丁寧な説明が不当に端折られた気がする」

「気のせいだろ」


 端折ったのではなく纏めただけだ。


 もう少し詳しく語ると、事の知らせが承和上衆に届いたのは七月の頭。俺と鋼太郎が弘香奪還の任務で色々やらかし、上層部や弘香の姉達から絞りに絞られ精神を喪失していたあの頃。

 その報告はソガミ教内部に潜入していた密偵らによるものだった。


「そもそもなんで密偵なんて送ってんの。いつから?」

「かなり前かららしい。そりゃ気になるだろ。連中が何かしら不祥事を起こしたら承和上衆こっちにも確実に飛び火がくる。……新興宗教団体の一般的なイメージは?」

「胡散臭い、勧誘がウザい、金を取られる、洗脳してくる」


 指折り数える俺に鋼太郎は頷く。


「新宗教=カルトって認識は今でも根強い。信者の一部がちょっとでも何か問題を起こしてみろよ。次の日には『やっぱカルトじゃん』ってツイートが拡散する」

「その場合、承和上衆うちにとばっちりが来るってか? 全く別の団体なのに」


 いやまあ、言わんとしてる事は分かるけども。

 雛川先輩も以前に似たような事を言っていた。一般人から見て、承和上衆とソガミ教に違いなんて殆ど無いに等しい。同一組織と未だに勘違いしている人だって普通にいる。


 ともなれば、ソガミ教の風評は承和上衆の風評に繋がってしまうのだろう。「イメージ崩壊に対する危機意識」なんて少し安っぽい危惧かも知れないが。

 承和上衆も一応、企業連と組んで客商売に加担している身だ。アライアンス相手の顔を立てる為にも、クリーンな見て呉れは維持し続けなければならない。


「まあ、イメージや風聞を抜きにしてもだ。自分達を支持するって団体が、云千万人規模に膨れ上がっていたら普通に怖えーだろ。統率する義理は無えけど監視はしとけってな」


 動向くらいは把握しておくべき。だからこっそり内部に見張りを送っていたとか。


 で、その密偵の報告によると、今の教団の責任役員にはハト派が多数を占めているらしい。


「ソガミ教の強みは信仰の対象がちゃんと"現存"していること。そして分かりやすく"奇跡"を提示してくれること。わざわざ強引な勧誘や布教活動をしなくても、人や金は勝手に増える」


 現状に満足しているから余計なアピールをしない。だから意外とお行儀が良い。

 確かに、規模の割にあまりアンチとかの話は聞かない気がする。もちろん調べれば、ちゃんと一定数は居るのだろうが。


 そして反対に、現状に不満を持ってる信者も教団内には居るらしく。今回問題を起こしそうなのもそういう連中だった。



奉援邁進ほうえんまいしんの会」


 ソガミ教内で徐々にセクト化しつつある、とある思想形態を持つ集団。その主張は「承和上衆の運営は全て寄付によって賄うべきであり、一部の営利法人に委ねるべきでは無い」というもの。


「要するに、企業連を目の敵にしている連中か」

「俺達からすりゃウィンウィンな関係でも、連中からしてみりゃ甘い汁を吸う寄生虫にしか見えないんだと。……まあ、そんな事言って、追い出した後で後釜狙ってるようにしか見えんよな」

「ほーん。今までそういう手合いは?」

「居たっちゃ居たがそこまで規模は大きく無かった。理由は奴等の戒律に抵触するから」

「……そんなルールが?」

「ある。噛み砕いて言えば『無闇に承和上衆かみへと拝謁しようとするな』だったか」


 救いを必要とする傷病者を押し退けて、神の元へ赴く行為は涜聖にあたる……とかなんとか。転じて、不用意に近付く行為全般が禁忌とされており、麓までの参拝すらも実は良しとされていなかった。

 一見殊勝な心掛けに見える。が、実際はソガミ教開祖の無道から生まれた代物らしく。


「自分達の存在を認識して貰おうと、当初はアピールが酷かったんだと。お百度参りくらいならウザいくらいでまだ許せたが、美人を攫って人身御供(生け贄)の真似事をしたとか」

「うーわ」

「で、当時の市村家(承和上衆の一角)の当主がブチ切れて『余計なことすんな』と叱責した」

「それ以来、信徒含めて寄って来れなくなったって? そういう間抜け話は結構好きだけど」


 もちろんソガミ教側に、こんな都合の悪い「教祖のやらかしエピソード」なんて残っておらず。承和上衆の中で伝わるクソどうでも良い昔話、だそうだ。鋼太郎も市村家の爺さんに聞かされるまで知らなかったらしい。





 閑話休題、二人してクピリと酒を煽る。


「やっぱ苦手かなぁ……こう、風味が喉に合わないっつーか」

「ならその瓶こっちに寄越せ、お前にゃ勿体ない」


 クイクイと指で渡せとジェスチャーしてくる鋼太郎。そう言われると、もう少し飲みたくなるから不思議だ。


「……で、そのナンタラの会が何をするって? 企業連への嫌がらせとか?」

「もうちょい物騒な話でなきゃ警戒なんてしねえよ。あと、ターゲットも企業連じゃねえ」

「? 企業連が嫌いな連中、なんだよな?」

「もうちょい事情は複雑……だ。さっさと酒瓶を離しやがれ……!」


 せっかく出てきた高い酒。素直に渡すのは癪なので瓶を手離せずにいた。

 それに業を煮やした鋼太郎。無理矢理に引っ掴んできた故、奪い合いにまで発展している。グググ……と勝負は拮抗していた。

 

請願駅せいがんえき(地元の住民や企業からの要望で建てられた駅)の建設費用ってのはな、大体は自治体や区画整理組合、或いは新駅の恩恵を受ける企業が負担する……!」

「……あん!? 何の話だ?」

「山白駅だよ。建造に掛かったカネはどっから出たって話だ……! 計画が持ち上がった二十年前、自治体や組合、企業連も南部の開発や道路整備でいっぱいいっぱいだった。駅に捻出する金なんて殆ど残って無かったのに……よ!?」


 ゴツンと。


 神通力無しによる闘いは、奴の鼻面へかましたヘッドバットが上手いこと決まり、俺が勝った。


「もしかして、ソガミ教が出したのか?」

「……トンネル何個ぶち抜いたと思ってる。百億、二百億で済む金額じゃねーよ」


 今でなら寄付金を募れば余裕かも知れないが。

 当時はまだまだ発展途上だった為、ソガミ教でも工面は難しかったとのこと。というより、承和上衆うちのお偉方が連中の介入を許さなかったらしい。

 トコトン相手にされてなくて、他人事ながらに虚無感がもの凄く。没交渉とはいえ少し同情しそうになった。


 ともかく、このままだと計画はお蔵入りに終わってしまう。そんな段階にて、とある企業が出資に名乗りを上げた。


「イチ企業がって、んな酔狂な……」

雁天がんてん重工なら話は別だろ」


 ……売店の爺さんが言ってた『がんてん』ってのはやっぱりそれか。成る程、確かに彼の企業なら捻出するだけの財力はあるだろう。


 雁天重工株式会社。日本が世界に誇る輸送機器業界の一柱。自動車はもちろん、特に造船と航空機産業に於いて国内で頭角を表し、最近では宇宙事業にも力を入れている大企業。連結子会社数は500を超える「雁天グループ」の親会社でもある。

 雁の列をモチーフとしたV字型のエンブレムはあまりに有名。見たこと無い奴なんて今の日本に居ない筈だ。

 その総資産は山白村の企業連が束になったところで足元にも及ぶまい。正真正銘、日本を支える経済の主柱である。


「その雁天が手掛ける航空用エンジンの製造工場。山白村ここから南東へずっと行った先に在っただろ」

「知らんけど」


 その地は山白と同じくらい……とまでは言わないが、交通の便に少々不自由があったらしく。かねてより、物品や作業員の移動の効率化について改善を求められていた。


「アチラはアチラで新軌道の建設を呼ぶ声が上がっていたんだと」

「……そういやここへ来る時、途中で一駅停まったな」

「工場前駅は数年前から一足先に開業している。で、そこから更に線路を伸ばし、めでたく山白村にまで辿り着いたって訳だ」


 つまり、その延長した分も雁天側が負担してくれたという訳か。ついでと呼ぶには非常に安くない出費だと思うのだが。


「雁天側にしたら大したメリットは無いわな。名目も社会貢献事業で通したらしいし」

「社会貢献、ねえ……」

「そこまで疑心暗鬼にならなくても良いと思うが……ま、今のお前みたいに訝しむ奴は結構いたな」


 …………成る程。その中で一番デカい声で不満を垂れたのが、さっき言ってたナンタラの会ってやつか。


奉援邁進ほうえんまいしんの会だ。連中、雁天の名前が上がる度に教団内で騒いでるらしいぜ」


 聖地が巨大資本に食われてしまう、と。


「山白村の企業連。アレは一応、承和上衆の呼び掛けで集まった団体だ。いくら害悪と断じたところで奴等は企業連に手を出せねえ」

神々おれたちの不興を買いたく無いから、か」

「一方で、雁天重工は承和上衆が直接招いた企業って訳じゃ無い。奉援邁進の会が雁天に何かを仕掛ける可能性は十分にある」


 ターゲットは雁天グループ。具体的に何をするつもりかは不明。

 確かなのはこの火種、雁天の名乗りがあった時からずっと教団内で燻っていたらしく。駅の完成が近付いてきたので騒ぎが再燃したとの事。


 成る程ね、と相槌を打つ俺。

 それら事情を踏まえた上で、承和上衆の立場から出来ることと言えば……


「そりゃやっぱ、市村の先祖がやったみたいに注告してやれば良いんじゃね? 『余計なことすんな』つって」

「まあ、そうなんだが……直接言うのは良くねえって話だ。『自分達の行動で承和上衆かみが反応を示した』もしもそういう方向で捉えられたら、後々面倒になり兼ね無え」

「……叱責でもかよ。ポジティブすぎんだろ、流石にそれは」

「分かんねえだろ。承和上衆の言葉は連中からすれば、どんな副作用を与えるかも知れねえ激薬みてえなモンだ。教祖の時は上手く行ったかも知れねえが、今回もそうなるとは限らねえ」


 摘みに頼んだ柿の種をワシッと手掴む鋼太郎。纏めて口に放り込むのを横目に「じゃあ、どーすんの」と問い掛けると、奴は呆れた様子でこれ見よがしに溜め息を吐いてきた。

 もしかしなくても、鼻で笑われた気がする。もう少し強めにヘッドバットをかますべきだったか。


「激薬なら希釈しろってな。もう既に手は打ったさ」


 得意気に述べる鋼太郎。その態度が若干気に食わなかったが、少し考え直すと俺にも思い当たる節があった。


「…………もしかしてアレか、式典の」


 俺の言葉に「気付いたか」と奴は笑う。


「セレモニーには雁天の社長も招待されていた。連中が何かを仕掛けるなら、先ずこのタイミングって思うだろ」


 奉援邁進の会が良からぬ事を企んでいたとして、そこに承和上衆が現れたらどうなるか。


「……まあ、信奉する存在の前で無法なんて働けないよな」

「連中の慌てふためく姿は見ものだった」


 クツクツと笑う鋼太郎に「趣味悪いな」と言いつつ、内心では上手い手段だと素直に思った。ニュースを見た時は何の冗談かと困惑したが。


 承和上衆が新駅の式典に出席する。この事実は「神は雁天を受け入れた」という強いメッセージになっただろう。企業連と同様にお墨付きを貰ったのであれば、奉援邁進の会はもう雁天に手を出せないという事になる。


「集まったメディアには今回の事情についてそれとなく吹聴した。憶測、噂、その程度だがそこそこ事実に近い記事も出回っている」

「良いのか? そこまでして。ウチも風評を気にしてるクチだって言ってたろ」

「凶行をされるよりはマシって判断だ。世間の目が抑止力になり得るってな」


 実際、今の奉援邁進の会は完全に勢いを失っているとの事。規模はピーク時と比べて大分縮小しているらしい。

 


「…………いや待て、それだと話は完結してないか? 何で未だに警邏だの客入り制限だのやっている」

「そりゃ完結してねえからだ」


 そう言いながら奴はスマホを取り出して、此方に画面を提示した。


「SNS?」

「連中の公式アカウント。最近じゃ宗教界隈もネット交流が盛んでな。……フォロワー数見てみろ」


 12万5千人。


「これでもだいぶ減った方だ。ピーク時なんて30万人超えてたからな」

「それでも多すぎだろ……これ全員、例の会のメンバーなのか?」


 確かにソガミ教全体と比べれば大した数じゃ無いだろうけども。

 それでも、俺の予想より桁が二つほど多い。未だ12万以上の人間が企業連や雁天の排斥を望んでいるって事になる。

 

「つまり、まだまだ予断を許さない状況って訳だ」


 火種は燻ったまま、完全な鎮火は当分先らしい。鋼太郎はいかにも億劫そうな顔を浮かべている。


「それなのに、また新たに問題が発生してな。お陰で俺は現在進行形で働かされている。非番なのに」

「酒飲みながら何言ってんだ」

「"反転"があるから酔いは問題ねえんだよ」


 スマホを操作し、新たな画面を見せてくる鋼太郎。

 映っていたのは身なりの良い中年男だった。


「見覚えは?」

「無いけど……誰?」

「雁天重工の社長だ、式典に出席した」

「へーえ、この人が」


 新たに酒を注ぎながら聞いていると、また別の写真を見せてきた。

 今度は映ってる人物が二人。一人は先程の雁天の社長で、もう一人はなんか見たことがある若い女性だった。二人して肩を並べ、仲良さ気に笑っている。


「この社長な、久留晒くるす友康ともやすって名前なんだ。隣は奴の一人娘、モデルの久留晒藍良」

「…………」

「もう一度聞くが、見覚えは?」


 別の意味で酒の味が分からなくなってしまった。

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