第60話 消極的にいこうとしてたのに、気が付いたら自分から動いているという珍事



 知り合いに出会すと面倒だから俺は出歩きたくなく、一方で先輩達は村を案内して欲しい。「戸塚恭介がガイドするしない論争」は双方の主張を折衷し、和平によって終結した。言うほど争っちゃいないが。

 まあ即ち「この場で一通りの解説するから、あとはご自由に気になった場所を周って下さい」と。


 それぐらいの労力なら俺も惜しむつもりは無い。


「さっきも言いましたけど、この村で栄えているのは入り口の付近だけ。基本的に『山白村観光』といえばそこで完結します」


 改めて地形から説明すると。

 この村は山間部であり、東西にそれぞれ小高い山々が聳えている。北へ行くにつれて双方の尾根は徐々に間隔が狭くなり、最終的には一つに合流。上空から見ると、尾根線が縦長い「人」の字形になっているのが分かるだろう。

 股下に位置するエリアが山白村の全域である。


 最南端に新しく出来た「山白駅」は股下の丁度中央部。谷間の中心でもあるので、村で最も標高が低い場所とも言えるだろう。その周辺に土産物店や食事処等の商業施設が集まっている形だ。

 来訪者が泊まれる施設は更に外郭。東西の山の中腹にかけて段々状にホテルや旅館が建ち並ぶ。

 俺達が今いる「善寿庵」は西側の山の中腹寄り。南部全体が一望できるので、窓からの景色は結構良かった。片岡のシャッターの手が止まらないのも分からなくは無い。


「散策するならやっぱ駅周辺に限りますね。最近じゃあ、企業連がご当地グルメの開発に乗り出してるって聞いています。あんま浸透して無いけど」

「ふーん、北側は?」

「観光向けといえば、遊歩道とは名ばかりの山道がいくつか。もうちょい季節過ぎれば紅葉がそこそこ見応えありですかね」

「へえ、もっと時期ズラしても良かったね」

「でもそのシーズン……というかもう既にですが、冬眠前の熊とよく会います」

「なら駄目じゃん」


 まあ、熊除けの鈴を付けて歩けばそうそう寄ってはこないだろうけど。


「だったら平気?」

「それでも出会す時には出会しますよ」


 行くなら注意して下さい、という話。


 続き。村は北上するに連れて勾配も少しずつ上がっていく。

 ある程度舗装されているが、ウネリにうねった登り坂だ。その途中にポツポツと民家が建っており、そこが南部繁栄前からこの地に暮らす原住民達の住処である。


「戸塚の実家もそこ?」

「そです」


 そして、更に登った先。「人」の字で言えば交点に限りなく近いところ。最北端で仰々しく構えているのが世界中の傷病者の目的場所、承和上衆の本拠にあたる。


「正式名称は無いそうですが、承和上衆本殿とか承和上院とか……まあ、色んな呼び方をされてますね」


 神道寄りなんだか仏教寄りなんだか。呼び方ひとつの話だけど、その辺も曖昧だ。「ぽっと出のよく分からん異能組織」らしいっちゃらしいのだが。


 久留晒さんは「神域……!」と呟きながらゴクリと喉を鳴らしていた。これはそっとしておこう。


「はい質問」

「はいどうぞ、雛川先輩」

「せっかく村まで辿り着いても、入り口からその本拠地までまた結構な山を登ることになるんだよね。それって患者にはキツくない?」


 ピシッと手を挙げたままの雛川先輩を俺はまじまじと見た。この先輩はパンフを見なかったのだろうか。

 …………ああいや、観光客には利用出来ないからそもそも載ってなかったのか。だったら知らないのも無理は無い。


「車で行けます」

「あ、そなの?」

「ただし、村の入り口から本拠地へまでの道程は、拡張された主要地方道と違って狭いままです。車一台がギリギリ通れるくらい」


 上に行くに連れて崖が多いし、村民達の土地もある。この辺りの道路拡張は物理的に酷く難しかったのだ。

 ここを来訪者らの車両が一斉に通れば一発アウト。根詰まりを起こして開発前の二の舞になるのは想像に難くない。


「だから普段から規制して、地元民以外の車が通れないようになっているんです。規制は車両だけなんで、歩いて登ろうと思えば登れますけど」

「それじゃあ駄目じゃん」


 雛川先輩の言う通り。それだと傷病者に「本拠地まで登山しろ」という酷な話になってくる。

 もっと低い位置に造れば良かっただろうに、なんであんな場所を本拠地にしたのか。理由は俺も知らないが、一応ちゃんとした解決策は取られている。ウチの組織だって何もそこまで鬼畜ではない。


「先輩、アレじゃないですか?」


 その手段を教えようとしたら、ずっと無言で外景をパシャパシャ撮っていた片岡に口を挟まれた。窓を開けて少し身を乗り出し、北に向かって指差している。

 台詞を奪われてしまったが。まあ、見てもらった方が早いから良いだろう。


 にしても片岡、視力良いな。結構距離あるのに。


「どれ?」

「アレです、アレ。ずーっと奥」


 暫く「んー?」と目を細め、片岡の差す方角を見る雛川先輩。そして気付いたのか、数瞬後にパッと顔を明るくして歓声を上げた。


「ロープウェイだ! なるほどー!」


 正解である。

 標高険しい目的地。傷病者に負担をかけず、且つも人流をスムーズに。その上、既存の道が使えないとなればコレしかもう手は無いだろう。

 最大65人乗り、交走式の大型ロープウェイ。これが開設されてからもう結構な年月が経っているが、今でもウチの大事な大動脈だ。村の名物と言えば名物かも知れない。


「良いじゃん良いじゃん! めっちゃ乗りたい!」


 雛川先輩のテンションはもの凄く上がっていた。間違いなく今日一番の笑顔である。

 残念ながら、此方が浮かべたのは苦笑の方だったが。喜んでいるところ申し訳ないけど、あれも観光客には利用出来ないのだ。


「雛川、あのロープウェイに乗って良いのは傷病者とその付添い人だけだ。物見遊山じゃ乗れないぞ」

「……え、そうなの?」

「健常者が占領して、本当に必要としている人が乗れなかったら本末転倒だろ。中には車椅子やストレッチャーでないと移動出来ない患者もいる。スペース確保の為にも観光客はお断りなんだ」


 久留晒さんは知っていたらしく、俺の代わりに説明してくれた。乗れないと知った雛川先輩の落ち込み様は酷かったが、こればっかりは仕方がない。この宿からの景色もそう悪くない筈だから、それで我慢して貰うしかないだろう。


「はい質問です」

「はいどうぞ、片岡」


 今度は片岡が質問してきたので指名すると、またも彼女は窓の外を指差した。


「あっちの大きい建物は何ですか?」


 示されたのは開発区の中で一番北に位置する建物。未開発地域との境目で、周囲は少し閑散としている。そんな中、恐らくこの村で一番大きいであろう建造物がデンと構えていた。非常に目立ってるので気になったのだろう。


「あれは病院」

「へぇ……え、病院?」

「あるの?」


 項垂れていた雛川先輩も驚いたのか、顔を上げていた。そりゃある。


「この村に来た傷病者は、先ずあの病院に診断書を見せて問診を受けなきゃならないんだ。それを元に治癒の優先順位が決められる」

「トリアージですか?」

「みたいなもん。言い換えれば『ロープウェイの整理券を配る場所』かな」


 恐らくは世界で唯一、ホスピス以外の目的で根本的治療を大型病院。と言うと、少しヤバい施設に聞こえるかもだが。

 実際かなり重要なポジションで、その役割も多岐に渡る。

 普通の宿泊施設で泊まるのが難しい患者はそこで入院して順番を待つし。順番待ちの最中で容体が急変した場合、延命措置を行うのも此処の医師の役目。

 屋上にはドクターヘリが格納されており、いざとなったら承和上衆の本拠地まで一気に飛ぶのだが。

 幾千幾万の訪問者を的確に捌き、少しでも多くの患者の命を繋ぎ止める。屋台骨と言っても過言では無いだろう。この病院があるからこそ承和上衆は十全に機能を発揮するのだ。


 まあ、いずれにせよ観光に適す場所では無い。というか改めて考えてもこの村、観光向けと呼べる場所は本当に無いように思える。


 それでも独自のシステムに興味を惹かれたのか、片岡と雛川先輩は関心高そうに俺の説明を聞いていた。

 一方、ソガミ教の信者である久留晒さん。彼女からすればこの程度の基礎情報など百も承知だったろう。しかし話題が承和上衆関連であれば何でも良かったのか、何度もウンウンと頷きながら彼女も熱心に話を聞いている。

 結局、観光のアドバイスについては「駅周りをウロウロすればそれで良し」という適当なものになってしまった。ガイドとして役を果たせたのかは微妙である。

 聞いている本人達は満足したようなので良しとすべきか。





 時刻は既に午後の四時過ぎ。女性陣には明日から散策すれば良いだろうと助言した。

 どうせ二泊旅だし。それだけの時間があれば、店巡りも自然散策も十分過ぎる猶予がある。というか多分、ゆっくり周っても半日くらいで終わってしまうだろう。


 そう考えると、適当なガイドをした事に若干忍びない気持ちになった。もう少し真面目に見どころを模索すべきだったのかも知れない。

 女性陣は温泉へと向かったので今更遅いが。

 

「……俺も風呂行くか」


 タオルと備え付けの寝巻き浴衣を持って階下へと降りる。


 ロビーを抜けて廊下を渡った先、入り口から最も遠い場所が大浴場だった筈。

 廊下の途中にラウンジがあり、ソファやらマッサージチェアやらが並んでいた。その奥には小さな売店スペース。飲み物だったり土産物だったりを販売している。


 山白村の土産物。企業連が毎年色々と考案しているらしいが、ヒット商品が誕生したという話はついぞ聞いた事が無い。

 今年はどんな品が出ているのか気になって覗いてみるかと足を向けると、そこの店員と目が合った。


「…………」


 やたら顔貌が恐い御仁である。

 顳顬こめかみからあごにかけてアレは刀傷か、左顔面に大きな古傷あり。輪部(角膜周辺)に老人特有の白濁が見受けられたが、しかしその眼光は鋭かった。

 言っちゃなんだが接客向きの顔じゃない。百歩譲って真っ当な「堅気さん」であるのなら、ブルーカラーの職人と言われてギリ納得できる面構えレベルだろう。


「オススメとかあります?」

「……杏子入りの饅頭。先月に出た新作だ」

「美味そうっすね」


 話してみると意外に良い人そうだった。愛想は殆ど皆無だったが。


 そういえば、村全体の空気も以前と違い、会う人会う人の雰囲気が物々しかったような気がする。

 駅前の清掃員然り、送迎の運転手然り。強面の仏頂面で、目が合う度に睨まれたと俺は思うのだが。一緒にいた片岡達はどう感じたのだろう。


「それにしても……えーっと、思ってたより他の客が少ないようですが、今日は偶々ですか?」


 何処となく居心地が悪くなって、適当に思いついた事を口にした。それが旅館に対してだいぶ失礼な物言いかも知れない、と気付いたのは質問した直後である。

 直ぐ訂正しようとしたのだが。その前に、無愛想だと思っていた御老人の口がニタリと吊り上がった。


「他にも予約は数十と入っとったが、素性が怪しかった者は全部弾かせて貰ったよ。飛び入りの客も断るよう女将さんにゃ頼んである。少なくとも、他客は警戒せんで良いと思うがね」

「…………あ?」

「隠さんで良い。お前さん『雁天がんてん』の私兵だろ。雰囲気でピンときたよ。一見ボーッとしてるように見えたが、よくよく見ると只者じゃねえ」


 急によく喋る。そんで、何を言っているのか全然理解出来なかった。

 客入りを制限している、と彼は述べたのか? 「がんてんのしへい」ってのはなんだ。


「館内は俺達が目を光らせとく。お前さんも休める時には休むと良い」

「ちょっと待って下さい。意味が分からないんですけど」

「外にも何人か警邏はいるが、流石に訪問者が多すぎてな。全体はカバー出来ん。悪いがお嬢さん方が外を周る時はお前さん任せになると思う」

「いや聞けよ」


 任せるって何を? と問いたかったが聞いちゃいねえ。

 これはアレだ、何か勘違いされてるのは先ず間違い無い。


「…………」


 しかし何となくだが、俺と全く無関係かと問われると、それも少し違う気がした。最近自分の立場が普通で無い事を痛感したばかり。だから、少し過敏になっているのかも知れないが。

 こういう時「なあなあ」にして流すと、後々面倒臭い目に合う可能性は確かにある。得てして悪い予感とは、可能性が低いほど寄り付き易いのだ。矛盾しちゃいるがそういうもんだろう。

 少し迷ったが、俺はズイと老人に詰め寄った。


「そちらの統率は一体誰が?」

「俺らの存在は事前に聞いて無かったんだろ? なら、知る必要は無いって事だ」

「連携を取る必要性は確かに無いでしょう。しかし今、擦り合わせたい事項が幾つか発覚しまして。出来ればお目通り願います」

「…………」

「ウッカリお互いの邪魔をしてしまう、なんて事をしたく無いんですよ」


 それっぽい感じにノリをシフトしたのだが、適当に吹っ掛けているのは否めない。どう転ぶかは予想出来ぬ……が、仕掛け方としては悪くないと思う。

 暫し無言の睨み合い。老人から「まあ、いいだろ」の言葉を引き出せたのは、軽く一分が経過してからだった。

 

「悪いが俺からの取り継ぎは出来ねえ。しかし、どうしても会いてえんなら夜の十二時以降、白亜ホテル八階でやってる日本酒バーへ行きな。『纏め役』は大体いつもそこで飲んでいる」

「助かります。その人の風貌は?」

「見たら多分直ぐに分かるさ。特徴は────」



 老人に礼を述べ、ついでにお勧めされた杏子入り饅頭を買って、俺は一旦部屋へと帰った。

 スマホを取り出し電話を掛ける。暫くコールを続けたが相手が出る様子は一向にない。

 まだ仕事中なのだろう。世間はシルバーウィークだというのにご苦労なことで、仕方ないと諦めてメッセージだけを残した。


 その後漸く温泉を堪能。

 上がってから片岡達と合流し、たわい無い雑談をしながらダラダラと部屋で過ごす。ここでも片岡と二人きりになれないか機会を窺ったが、どうにも難しい。中々先輩方と離れてくれず、今日のところは諦めるしか無さそうだった。

 この件に関してもあまりグズグズしたくないのだが。想いとは裏腹、情けなくも空転しまくっているのが現状である。


 食事を堪能。

 山中の旅館だというのにメインは海の幸。少し違和感あったが味は普通に美味かった。


 遊戯を堪能。

 雛川先輩が持ってきた海外製ボードゲーム。結構頭を使う系で、駆け引きがあったりと殊の外面白く。


 あれだけウダウダ言っておいてなんだが、満喫できるところはちゃっかり満喫しておいた。俺だって楽しみたく無い訳では無いし。

 出来ればこのままの気分で床に就きたかったが、残念ながらそういう訳にもいかず。日付が変わる頃、女性陣はまだまだ盛り上がっていたが「そろそろ寝るわ」と称して彼女らの部屋から抜けた。

 もっかい自分の部屋に戻り、既に着ていた寝巻き浴衣から再び私服へと素早く着替える。ソロソロと廊下を抜け、階下へと降り、靴に履き替え旅館の外へ。幸いにもエントランスの扉の鍵は開きっぱなしなようなので、戻った時に締め出される事は無いだろう。



 白亜はくあホテル。

 山白村の数ある宿泊施設で最も大きく部屋数も最大。十四階建てで敷地面積では中央の病院に劣るものの、高さだけ見るなら村で一番の建造物だろう。

 名前の通り外装は白基調故、僅かなライトアップでも結構光を反射する。この時間でもやたらと眩しく目立っていた。


 そこの八階で営業している日本酒専門のバーは、ホテル宿泊客以外でも利用が可能らしい。和酒は普段あまり飲まないので今までここに来たことは無かったが。

 入ってみると和をテイストにした落ち着いた空間。ホテルの外観とはだいぶ雰囲気が違い、照明もだいぶ抑えられている。


 店内はそこまで広く無く、見渡すまでもなく目的の人物をすぐに発見。カウンターに座って一人で酒を飲んでいた。

 ゆっくり近づき隣りに腰掛け、「さて」と前置きしてから俺はそいつを睨む。


「どういう事か説明しろ」


 熊除けの話の続きではないが「出会す時は出会してまう」が厄介事というもので。ただでさえちょっとした厄介ネタを抱えた旅なのに、これ以上面倒臭い事は御免であった。

 そんな此方の心情を「知ったことか」と言わんばかりに。我が腐れ縁、丹生鋼太郎にぶこうたろうは飲み干した冷酒グラスをカンと置く。


 風貌を聞いた時からまさかとは思ったが……やっぱお前かよ。

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