第三章

第59話 地方出身の大学生は地元の案内をしたくない


 山白村。


 今でこそYAMASHIROとして世界で名を馳せているこの地域。しかし嘗ては山奥でポツンと孤立しており、いずれ限界集落化するだろうと県から危惧されていた場所である。

 狭い山間部故に農地に適さず、山の手入れも碌にされていない。最寄り町へのアクセスも最悪で。その上、さしたる特産品も無いともなれば人が減るのも自明だろう。


 立地条件としては、既に廃村と化した他の地域より寧ろ悪い。本来ならとっくに廃れてもおかしく無かったのだ。

 それでも何やかんやで存続したのは、ひとえに「彼ら」がこの地に留まり続けたからだろう。

 

 その存在が世界をこの地に注目させ、人や物資を誘蛾灯のように誘い込む。と言うと、まるでトラップのような表現で不適切かも知れないが。

 ともかくこの村は「近年で最も目覚ましい振興を遂げている地域」としても全国に名を轟かせている。




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「パンフレットで写真見たから薄々分かってたんですけど……やっぱり栄えてますよね?」

「名前は『村』だけど、これじゃ小都市と変わらないじゃん」


 そんな感想を述べながら、片岡と雛川先輩は「ホヘー」と辺りを見渡していた。


 旅行先でキョロキョロするなとは流石に言えないが。やはりじっくり観察されるのは落ち着かない。

 こちとら敢えてノーコメントを貫いていたが、二人のレビューは止まらなかった。


「町並みも綺麗ですし」

「趣きもある。観光地って感じ」


 そこまで褒められると、もう気を遣われているようにしか聞こえない。


がわだけのハリボテですよ。少し奥へ進めば未開のジャングルです」

「…………何もそこまで言わなくて良いのでは?」

「偶にいるよねー、地元をやたら卑下する若者」


 耐えきれず、謙遜紛いなことを言ってみたのだが逆効果だったらしく。旅行気分に水を差してしまったようで、両者から冷めた視線を頂戴した。

 そう言うが。卑下も何も、別に大袈裟に言ったつもりは無い。事実、この村が栄えているのは本当に玄関口だけだからだ。


 南北に伸びる縦長の地形。「目覚しい振興を〜」とか言われているが、開発が進んでいるのは南部の端っこのみである。

 宿泊施設、商業施設、役場……殆どがそこに集中しており、それ以外は荒地か雑木林が広がっている。最近は手入れされてるらしいのだが。あとはポツポツと家や畑があるだけのよくある田舎だ。

 間口だけをゴテゴテと装って、見栄を張っている感が否めない。



 しかし「新しい入り口」から降り立つと、そんな故郷も少しだけ違って見えた。その点で言えば俺も新鮮な気分である。

 今月完成したばかりの東山電鉄「山白線」、終着「山白駅」。とうとうこの田舎にも線路が通るようになったのだ。


「こう言うのもなんだけど、日程が延びて正解だったね。バスだともっと時間掛かるんでしょ?」


 雛川先輩の言葉に俺は頷く。


「そうですね、多分倍くらいの差はあると思います」


 怪我の功名というほどでも無いけども。結果的に駅の開業まで旅行が延期になったお陰で、旅の道程はだいぶ楽になった。「最初から選択肢に入れとけよ」と言われるかも知れないが、率直に言うと忘れていた。


 勿論、建設計画の話は俺とて知っていたが。しかし遅々として進んでいるように見えない工事に「止まってね?」とか思っていた訳で。小中高時代、ずっとそんな光景だったから、すっかり頭から抜けていたのである。

 実際はしっかり施工されていたらしい。


「送迎は……あれですかね?」


 片岡が指差す先には一台のバンが停まっていた。確かにその車体には、俺達が泊まる旅館のロゴが大きくラッピングされている。


「歩いて行ける距離なんだけどな……って、そう言えば久留晒くるすさんは?」


 駅に降りてから片岡と雛川先輩の声しか聞いていない。電車内であれほど饒舌だった、もう一人の先輩の声がいつの間にか消えていた。

 キョロキョロ見渡すと、後方にて発見。北に向かって合掌し頭を下げている。


藍良あいらー? お迎え来てるよー!」

「よく声掛けられますね」


 ブンブンと手招きしている雛川先輩を見て少し感心した。拝礼を遮るなんて普通は躊躇しそうなもんなのに。

 出会ってまだ間もないが、久留晒さんの傾倒具合が相当なのは俺とて十分に分かっている。邪魔をされたら怒るんじゃないかと心配したが。


「すまん、待たせた」


 意外にも普通だった。表情も狂信的な雰囲気では無く、出発前に紹介された時のクールな印象に戻っている。



 紹介された雛川先輩の友人、久留晒藍良は男からも女からもモテそうな中性的な顔立ちだった。

 加えて、男の俺とそう変わらないくらいの高身長。見た瞬間から「この人絶対モデルじゃん」と思い、確認したら案の定で。大人向けの女性誌で活躍する本物らしく。

 服装もバリバリのモード系、ナチュラル系の服を好む雛川先輩との対比が凄まじかった。日本の田舎の風景がこれ以上似合わない人種も珍しいと思う。


 あまりにも予想外なタイプの登場。なので思わず「本当に何も無い田舎ですけど……」みたいな事を挨拶もそこそこに言ったのだが、それが引き金だった。


 先ずは「何も無いだなんてとんでもない」という台詞から始まり、「聖地の出身だなんて君は本当に羨ましい」と続き、「謙遜とはいえ彼の地を悪く言うのは良くない」と注意され、「それにしてもこんな偶然があるなんて」と感慨に浸り、「招待してくれて本当にありがとう」と締めに握手を求められた。言葉と言葉の間に息継ぎは殆ど無かった。

 一瞬にして消し飛んだ第一印象。クールビューティーは一体何処へ行ったのか。


 隣で笑う雛川先輩は「いつもは格好良いけど、スイッチ入るとこうなの」と言っていたが。もう少し人選を考えられなかったのだろうか。

 いやまあ、友人に対して良かれと思って誘ったのだろう。信者が聖地へ誘われて歓喜しない訳ないのだから。

 雛川先輩を責めるつもりは無い。だが、お陰で俺の心労は倍々に増えてしまっていた。


 こんな調子で「聖地」に到着したら彼女のテンションはどうなるのだろうと、戦々恐々していたが。



「もっとこう、雪原に解き放った犬みたいにはしゃぎ回ると思ってたんだけど」

「雛川お前、私の事そういう風に見ていたのか」


 雛川先輩が明け透けなのはともかくとして。正直、俺も似たようなイメージを抱いていた。

 抱いていたのだが、しかし久留晒さんの精神はすこぶる安定しており、寧ろ突飛な想像をしていた俺達に対して呆れているご様子。

 どうやら色々と杞憂だったようで。


「敬虔なる信徒が聖地で慎むのは当然だろ。というより、騒がしい奴がいたら私がシバく」


 …………まあ、慎んでくれるのならそれで良い。此方からは下手に突っつかず、そっとしておくのが無難だろう。


「どうした? 片岡」

「……いえ、何でもないです」


 それよりも、今はもっと注意すべき人物がいた。目下の問題は久留晒藍良よりこちらの方が火急である。


 片岡の態度……あからさまにジロジロ見られてる訳では無いが、時折視線を感じるのは確かだった。俺の自意識過剰で無いのなら、心当たりは一つしか無い。

 

 やっぱ、誤魔化しきれて無いのだろう。


 中途半端な否定や誤魔化しとは、却って疑念を深めさせる悪手である。あの時の俺の行動がまさしくそれだった。




--




『神通力って自分の肉体は治せないんですか?』


 あの日、これを問われた時の俺の狼狽ぶりときたら。

 直ぐに「なんの事?」と惚けたのだが、めちゃくちゃどもりながらだったので色々とバレバレだったろう。寧ろ下手なコントよりも分かり易かったと思う。


 もはや隠し通すのにも無理があるし、こうなった以上いっそのこと片岡だけには全て話す、というパターンも検討すべきで。その上で釘を刺す。いや、頭を下げて口止めしておくのが筋かも知れない。


 もっと早くに、具体的には今日という旅行日が来る前に手を打つべきだったのだろうが。あの日以降、片岡と二人きりになれる機会が全く無かったのだ。

 メッセージを送って誘ったりもしたのだが、何かにつけて用事があると断られ今日に至る。取って食われると思われたのかも知れず、それか事実だとしたら少し……いや大分ショックなのだが。


 そもそも、どのタイミングの何が原因で勘付かれてしまったのかも分からないままだ。

 その辺の事も参考までに知りたいし。やはり、今からでもなんとか二人で話せる機会を伺うべきだろう。


 そんな感じで悶々としている間に、送迎のバンは目的地へと到着していた。


「大きな旅館ですね」

「雰囲気良いじゃん。老舗って感じがする」


 感動しているところ申し訳ないけども。

 見た目それっぽい雰囲気を出しているだけで、この旅館に「老舗」と呼ばれるだけの歴史はまだ無い。確か築十年かそこらだった筈だ。

 言うまでもなく、この旅館「善寿庵」も村の開発に参加した企業が建てた宿泊施設の一つである。


 でもまあ確かに、古木と漆喰を組み合わせた外観は趣きがあって旅行気分が上がるだろう。先程の失敗があるので野暮な事はもう言うまい。


 フロントにて記帳。

 ここで顔見知りの女将さんが接客してくれたのだが、対応は有難くも他人行儀というか、ごく普通だった。予約を入れた時に念押ししたのは正解だったようで。

 別に普段から畏られている訳では無いが、念の為に他人の振りをお願いしたのである。それも意味を成すかは微妙になってきたのだけども。


 予約してた通り、女性陣は三人以上が泊まれる部屋へ。俺はひとり個室へと案内された。


 畳み部屋、目線が自然と下へ行く如何にも日本的なな床座敷。様式としては期待通りで、お一人様用の部屋にしてはそこそこ広い空間だった。

 荷物を置いて一旦座り、備え付けの湯飲みセットにお茶を注ぐ。

 啜りながら一息入れていたのだが、それも束の間。寛いでいると、前室の奥から「戸塚ー、入っても良いー?」という雛川先輩の声。


「お揃いで」


 戸を開けると片岡と久留晒さんも一緒だった。


「着いた早々で悪いね」と久留晒さん。

「もうお着き菓子食べてるんですか?」と片岡。


 もちろん断る理由は無かったが、此方がどうぞと言う前に三人ともぞろぞろ部屋に入ってきた。雛川先輩なんて早速、窓際の椅子とテーブルがある「あのスペース」にて寛いでいる。


「個室も結構広いよね」

「だからと言って、こっちに集まる必要は無いでしょう。入れてくれるなら俺がそっちの部屋に行ったのに」

「女子が泊まる部屋に簡単に入れるとは思わないことね。ある意味この村で一番神聖な場所よ」


 さいですか。


「────てのは冗談で、単純にこっちの部屋がどんなもんか見に来ただけ」


 あとでそっちも遊びにおいでよ、と雛川先輩は笑っていた。そう言われると、もう此方からは文句なんて出よう筈も無くて。


「で、早速なんだけど。この村のガイドお願い」


 前言を撤回しよう。最初と話が違うじゃねーか。


「『地元だから案内しろなんて言わない』とか言ってませんでしたっけ」

「言ったっけ? そんな事」


 俺の指摘に雛川先輩はコテンと首を傾げているが。


 言った。飲み会の席で。俺はハッキリと覚えている。

 その条件があったから、今回の旅行を了承したところだってあったのに。俺にとって大事な言質をこの先輩は天然で忘れていたらしい。

 勘弁してくれと先ずは表情で訴えたが。


「でも折角だし。現地人が知るディープな場所があるならやっぱ知りたいじゃん」


 通用して無いっぽい。そもそもこの村にディープな名所なんて存在しないし、一見さんなら先ずは普通に観光するのがセオリーだろう。


 自然を満喫し、温泉に浸かり、食事を堪能する。


 それで良いじゃないか。これ以上何を求めるってんだ。


 そんな提言を今後はちゃんと言葉にして伝えた。もちろん言葉は選んだけども。


「ええー、なんかあるでしょ?」


 それでも食い下がってくる雛川先輩。若干しつこく感じたので、助けを求めて久留晒さんに視線を送る。


「…………」


 しかし、こっちもこっちで知りたそうにソワソワしていた。「聖地では慎むべし」そう述べていたこの人なら、先輩を諭してくれるかもと期待したが。

 お着き菓子よりも甘い考えだったらしい。好奇心には勝てないご様子で、私も色々聞きたいと顔にハッキリ書いてある。


 ならばと今度は片岡に助けを求めたが、こっちはこっちで窓からの景色の撮影に夢中。俺の視線にすら気付いていない。


 どうするか。


 取り敢えず、ガイドブックに毛が生えた程度の補足でお茶を濁すか。

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